勇戦
作者: 戦舟   2011年07月30日(土) 01時52分21秒公開   ID:T2SlLVuuolI
「貴方がヤマト≠フ指揮官、古代 進ですね?私はエメラルダス。このクイーン・エメラルダス号の主。ハーロック達が敵の戦艦部隊を引き付けている間に、私達は小魚共を始末せねばなりません。あまり時間は掛けられない。私は愚図な男共には、我慢がならない女です。先程までの勇戦がマグレでない事を願っていますよ。」
その美しい女海賊は、ビデオパネルの向こうから怜悧な視線を投げかける。まるでそこに居並ぶ男達を、値踏みするかのように。
ヤマトの第一艦橋は、毒気を抜かれた男達の戸惑いで一杯だ。彼らは思う。スターシアやサーシア、テレサ、メラやジュラ。今まで出会った宇宙の女神達とは雰囲気こそ違うが、エメラルダスの美しさは彼女等に勝るとも劣らない。顔の傷跡すら、その美貌を引き立てるアクセサリーのようだ。
だがこの男だけは、そんな女の武器にも揺るがない。彼の女神は、地球で待っているあの美しい彼女(ひと)だけだ。古代 進は、エメラルダスの視線を真っ向から受け止め、その瞳を見つめ返す。一瞬、そこに稲妻が走ったかのように緊張感が漲る。そして女海賊は、満足げに微笑んだ。
キャプテン・ハーロック。直感の塊のような男。貴方の人物眼は確かですね。私もこの坊や、気に入ったわ。
エメラルダスはつい先刻、ハーロックと交わした会話を思い出していた。彼はこう言った。

「エメラルダス、ヤマト≠守ってくれ。先程の戦闘から察するにヤマト≠フ時代には、まだエネルギー干渉による間接防御、バリアシステムは実用化されていなかったようだ。直接的な装甲防御のみがヤマト≠フ持つ防御力だ。打たれ強さという部分に限って言えば、ヤマト≠ヘアルカディア号やクイーン・エメラルダス号に劣っていると思う。だが、あの攻撃力。波動エンジン、波動エネルギーのもたらす破壊力こそが、機械化帝国打倒のカギだ。プロメシュームが恐れているのも、正しくそれだ。ヤマト≠失ってはならん。俺達は海賊島≠ナ敵戦艦部隊を引き付ける。クイーンエメラルダス号はヤマト≠ニ共に水雷戦隊を殲滅しつつ、敵機動部隊を探し出して攻撃してくれ。」

エメラルダスの微笑みは、思い出し笑いへと変わっていた。ハーロック、簡単に言ってくれるわね。小魚とはいえ地球産のピラニア程度には凶暴、それも結構な数ですよ?しかも空母まで探し出せとは、このクイーン・エメラルダス号を家政婦とでも思っているのかしら?まあ、そちらも楽をしている訳ではなさそうだし、トチローも貴方と一緒に頑張っているのだから、我慢してあげるけれども。
 
「エメラルダス。私達は、機械化帝国の艦隊との戦闘経験が乏しい。偶発的な戦闘を一回行なったのみです。私達は、奴らとの戦闘を豊富に経験している、貴女方の指揮下で戦うのが妥当だと思うのですが?」
エメラルダスの笑みに訝しげな視線を注ぎながら、古代が訊ねてきた。束の間、記憶を遡り揺蕩っていた彼女の心は、現実に引き戻される。
「古代、左翼の敵水雷戦隊に先制攻撃をお願いします。そちらの主砲は射程が長い。アウトレンジ攻撃が可能でしょう。先程の戦闘で、攻撃機の邀撃に使った散弾。ある程度接近されても、相手が装甲の薄い駆逐艦なら、あれも効果が期待できます。敵は魚雷による飽和攻撃を目論んでいます。魚雷の射程距離に捕らえられる前に、奴らの数を減らさなければ、手痛い目に会います。右翼の連中の侵攻は、クイーン・エメラルダス号が阻止します。ヤマト≠ヘ攻撃に専念して下さい。機動部隊の索敵は、貴方がたにお任せします。周辺宙域のデーターは、アルカディア号から受け取っていますね?」
古代はエメラレダスの言葉に黙って頷く。そして命令を発した。
「島、取舵60度、出力全開。速度、最大戦速から一杯へ!南部、各砲塔個別射撃。目標選定は任せる。出来る限り多くの敵艦を目標にしろ。転舵終了と同時に全主砲塔、波動カートリッジ弾撃ち方始め!」
ヤマトのスラスターが鮮やかな色彩の光を放ち、艦首が左側に振られて行く。同時に、メインノズルからの噴射炎がその勢いをさらに増した。彼女はドレッドノートの如く突進を開始する。そして三基の主砲塔が旋回しながら、砲身を生き物の様にくねらせ仰角をかけた。

第一艦橋の射撃制御席で、南部康雄は高まる緊張を精神力で捩じ伏せていた。各主砲塔の指向する目標を、今回の射撃では、敢えてばらばらに照準するように設定している。出来るだけ多くの敵艦にダメージを与え、混乱させる為だ。
砲術のセオリーとはまるで違うが、単艦で多数と渡り合うのはヤマトの常だ。今に始まった事じゃない。頼むぜ、四十六サンチ砲。彼は胸中でそう呟く。
「敵先頭艦トノ距離、90宇宙きろヲ切リマシタ。射撃管制れーだーニヨル、精密計測可能距離ニ入リマス。」
レーダ手席のアナライザーが、刻々と縮まる彼我の距離を淡々と報告する。
「アナライザー、敵左翼水雷戦隊の隻数と隊形を分析、報告してくれ。データーは射撃管制コンピューターに入力、頼むぞ。」
南部の言葉に、アナライザーは頭部のメーター類を点滅させて答える。
「マカセナサイ!私ヨリ優秀ナおぺれーたーハ雪サンダケデス!中型艦約30隻、小型艦約50隻、10個ノ小集団ニ分カレテ上下左右ニ展開中、コッチヲ包ミ込ムヨウニ接近シテキマス。」
南部は唇を舐めながら、攻撃プランを射撃管制システムに入力して行く。彼の意思を忠実に反映し、各主砲塔は小刻みに首を振りながら砲身を上下させた。次の瞬間、南部の手元のパネルが、レッドからグリーンに切り替わった。射撃管制コンピューターが、魔弾の射手を満足させ得る射撃解析値を算出したのだ。
「よおし、全主砲塔、一斉射撃!」
 南部は射撃命令を叫んだ。第一艦橋の窓は青白い閃光に満たされ、九つの咆哮が一つに混ざり合う。必殺の巨弾が放たれると同時に、ヤマトの進路は僅かに左に押し出された。強烈な一斉射撃による反動の仕業だ。
遥かな距離を飛翔した波動カートリッジ弾は、その全てが狙い違わず、敵水雷戦隊に命中した。直径46cmの巨弾が3発ずつ、3つのグループを蹂躙する。砲弾は敵艦の装甲板を易々と貫くと、その内部に踊り込み信管を作動させた。次の瞬間、眩い閃光が敵艦隊を包み込む。波動エネルギーがもたらす恐るべき破壊効果、波動融合反応が発生したのだ。爆沈する駆逐艦の炎が、隊列を組んだ僚艦達をも巻き込んで次々と燃え上がり、大規模な爆発へと成長して行く。破壊が破壊を誘発し、一時的に視界を奪う程の閃光が空間を満たしていった。暫くの喧騒の後、爆発が静まる。宇宙を埋め尽くす光点の集団に、ぽっかりと暗い穴が数箇所あいていた。ヤマトはただ一度の一斉射撃で、敵左翼部隊のほぼ三割にあたる艦艇を屠ってしまったのだ。
突如として多数の味方を失った敵水雷戦隊は、恐慌状態に陥った。ヤマトに向かって突撃していた艦艇群は大きく隊列を崩し、進路も乱れ始めた。ヤマトの威力を目の当りにした彼等は純粋に恐怖したのだ、死という物に対して。皮肉にも不死である機械の体を手に入れた事が、かえって彼等の生への執着を増幅していた。
あの攻撃は何だ!? 低級生物である筈の生身の人間共が、あんな破滅的な威力の武器を持っているのか? 
機械化帝国の兵士達の多くが、そのような思いを抱いていた。女王プロメシュームへの忠誠(恐怖と言い換える事も出来るが)と、あの超戦艦ヤマト≠ヨの畏怖。二つの感情を分銅として、彼等の行動を司る理性の天秤は、定まる事無く大きく揺れ動き続けた。
結果として、敵水雷戦隊は明らかにヤマトへの接近を躊躇し、その艦隊運動は混乱の度合いを増していった。その間にもヤマトは波動カートリッジ弾の射撃を続け、更に9発の命中弾が新たな波動融合反応を誘発させる。半数以上の僚艦を失った左翼水雷戦隊に、もはや統制は無くなった。逃げ惑う彼等には、もはや宇宙を震撼させる大艦隊の威厳は、微塵も感じる事は出来ない。ただ逃げ惑い、追い立てられるだけの無力な存在へと変貌していた。

クイーン・エメラルダスは、驚きの感情を懸命に押し殺しながら、ビデオパネルを見つめていた。たった二度の斉射で、50隻近い敵艦が消滅した光景は、彼女の精神にも大きな衝撃を与えていた。
比較的装甲の薄い駆逐艦や巡洋艦が相手とはいえ、あの威力は一体?ただ強力なだけではない、命中後の誘爆のような反応。あれがハーロックの言う『機械化帝国打倒のカギ』なのね。なるほど、尋常ではないわね。敵とはいえあんな砲撃に曝されるのは、少々気の毒にすら思えるわ。
アラーム音が鳴り響き、エメラルダスは我に返る。敵の右翼水雷戦隊が、クイーン・エメラルダス号の射程距離内に侵入してきたのだ。だが、その艦隊も明らかに動揺が隠せないでいる。何しろ、多数の味方が僅かな間に、それこそ瞬殺されるのを目の当りにした直後だ。接近する速度は大幅に低下し、進路も乱れていた。その様子を見て取ると、エメラルダスはたった一人、自分だけのブリッジ内でため息をついた。
確かに、あれはないわよね。あれ程の破壊、地獄の業火に思える砲撃を見せつけられては。正面切って立ち向かう心が折れてしまうのも理解できるわ。まさかこの私が、プロメシュームの犬共に同情する事になるなんて。
彼女は軽く首を振ると、憐憫の情を心の片隅に追いやる。機械化人全てが敵とは思わないが、今この場では邪魔な感情だ。エメラルダスは呟くように命令する。
「砲撃開始。近い奴から徹底的に排除。」
クイーン・エメラルダス号のコンピューターが主の命令を音声認識し、32門の主砲が一斉に光を放つ。着弾の閃光が彼方の虚空を美しく彩るのが見えるが、敵艦隊からの攻撃は未だ無い。ヤマトの見せた攻撃は、機械化帝国の兵士達から戦意を抜き出して、シュレッダーに放り込んでしまったらしい。戦闘はワンサイド・ゲームの様相を呈していた。

「ふむ、プロメシューム様が懸念される訳だ。あの戦艦、報告どおり波動エネルギーを使用した兵器を搭載している。波動融合反応か・・・。まさか、この目でそれを確認する事があろうとはな。」
漆黒の衣装と仮面を纏った男は、黒色の巨大な要塞艦に座乗し、戦闘宙域から少し離れた空間から戦いの様子を注視していた。彼の名はファウスト=B女王プロメシュームの片腕と謳われ、機械化帝国の軍事面で実質的に頂点に居る男だ。その冷徹さと外見から、何時しか黒騎士≠フ別称を持つに至っている。本来、前線に立つ事など久しく無かった彼が、戦いの現場に身を曝している。その事実が、機械化帝国の、プロメシュームの危機感を如実に表していた。
「出来れば、あの戦艦と正面切って殺りあうのは避けたい所だ。あの砲撃は危険過ぎる。連中の、まずは頭を潰す事を最優先せねばならんな。」
彼は目を細め、ヤマトとクイーン・エメラルダス号が映し出されている物とは別のビデオパネルに視線を移す。
「海賊島、アルカディア号か。久しぶりだな、ハーロック。お前と戦う以上、手抜きは出来ん。そんな事をすれば返り討ちにあうだけだ。私にはまだやるべき事がある。こんな所で死ぬ訳にはいかん。」
黒騎士は独白を終えると、身を翻し傍らにいる部下に下命する。
「ハードギアの機動部隊に極秘通信を送れ。攻撃部隊の発進を急がせろ。あの戦艦と、クイーン・エメラルダス号を足止めさせるのだ。」

巨大な暗影達が、暗黒ガスの中に身を潜める。ウラリア式制圧自動惑星ゴルバ≠アの巨大な浮遊要塞群こそが、機械の体を人類に授けた神々の大いなる遺産、機械化帝国の決戦兵器であった。恐るべき脅威が、ヤマトとハーロック達に接近しつつあった。
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