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>>>ぺきんぱ
-- 04/05/20-21:15..No.[89] |
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“ 「・・・ゆえに、我ら異端審問委員会はガリレオ・ガリレイの地動説なる、人心を惑わし、神の言葉に反する不埒な思想を有罪と断じ、かの者を終身入牢とすることを法皇庁に進言するものである・・」 首席審問官の無情な判決をガリレオ・ガリレイはうなだれてきいただろうか? そうではない。 真実を知る者のみが持ちうる、堂々たる信念に支えられ、彼はいわれなき迫害に敢然と立ち向かい、口からはかの有名なつぶやきが発せられたのである。 “・・・それでも、地球は動いているのだ・・・” それは、判決文を読み上げる異端審問官にではなく、人が真実から目を背ける、頑迷で偏見に凝り固まった“時代”そのものに対して投げかけられた抵抗の言葉であったのかもしれない。 彼は、この判決にも屈せず、西暦1632年、地動説を唱える本を出版する。 だが、彼を支持するものは少数でしかなく 翌年の1632年、理性の人、真実の探求者はその生涯を閉じたのである。 だが、その後、ガリレオ・ガリレイの遺志を継ぐ者たちにより科学は進歩を続け、 ついに“地動説”は揺るぎの無い真実として証明されることとなる。 “それでも、地球は動いている“ その言葉は、迫害にひるむことなく、真実を追究し続けた彼の生涯を象徴する言葉として、今なお、人々の記憶、人類の歴史の中に刻み込まれているのです。“ 3DTVの画面が一瞬、空白となる、と、現れたのは、上品だが堅苦しくない感じのスーツに身を固め、おだやかに微笑む番組の男性司会者だった。 「いかがでしたか? ご覧いただいた番組は、PBE(プラネッツ・ブロードキャスト・エドケーション)制作、“知の巨人たち”第三回、【不屈の人、ガリレオ・ガリレイ】でした。 来週のこの時間は、第四回、【偉大にして奇なり、ヘンリー・キャベンディッシュ】を、お送りします、お楽しみに・・」 司会者のナレーションが終わると、画面にはエンディング・テーマ曲と共に、 青々とした地球の姿が映り、それに科学界の偉人たちの肖像画がインサートされた画面が現れる。 真田は、それを見ながら、どうだった?と右側に感想を求めた。 「・・・すっごい」 感に堪えないといった少女の表情と、口調に、思わず真田の顔がほころんでいた。 「すごいね、父様(とうさま)。 昔の地球にはすごい人がいたのね!」 バラ色に頬を上気させ、真田澪は、はしゃいだ様子で義父の顔を見上げる。 真田志郎の手が、金色のつややかな色をたたえた豊かな髪をなでていた。 「そうだよ、澪。 昔の地球には、りっぱな科学者がいっぱい、いたんだ」 「わたしも、なる!」 「・・・・??」 「わたしも、科学者になる!」 「・・・昨日は、ケーキ屋さんになりたいって、言ってなかったか?」 そんなこと憶えてないもん!と言わんばかり、ぷっと頬をふくらます、血のつながっていない娘に、真田はやれやれ、と心の中、ひそかに ため息をついていた。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 昨日の夜、真田と澪は、MNN(マーシィアン・ニューズ・ネットワーク)制作、 【ぶらり火星へお菓子の旅。ガブリエラ・モンゴメリーのケーキ万才っ!】 なるグルメ紀行番組を観ていた。 画面上を彩る、火星産の高価な天然素材をふんだんに使った、豪華絢爛たる洋菓子の立体映像が父娘の目の前に迫り、彼らの鼻腔の中はバニラ・エッセンスでくすぐられ、生クリームの甘い香りが、画面を通して漂ってくるような錯覚さえ覚えていた。 否。 これは錯覚ではない。 最新型インタラクティブ方式、擬似体感機能を備えたこの3DTVシステムは、専用座席の両脇から放送局から送信される化学データーを基に本物の出す香りを合成し、忠実に再現してお茶の間の視聴者に嗅がせているのだ。 澪は、部屋に充満する、食欲を刺激する匂いにうっとりと身をまかし、熱にうかされ、催眠術にでもかかったかのようにつぶやいていた。 『・・・わたし、わたしはケーキ屋さんになる・・』 『ハァ??』 『そして、お腹いっぱい、ケーキを食べて食べて、食べまくるのよっ!』 『澪、よだれが出てる。』 『・・ハッ、いけないわ。 ジュルジュルジュル』 “・・ケーキ屋が、自分とこの商品に手を出してどうする・・” という、現実的なつっこみを飲み込みながら、少女らしいあどけない空想に胸ふくらませる自分の娘を、真田は愛おしそうに眺めたのだ。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 「わたしも科学者になる。 そう決めたんだもん!」 きっと引き締めた顔に決意の表情をみなぎらせながら、澪は真田を、義父をにらみつけた。 「だって、科学者ってりっぱな職業なんでしょう? わたしも、すっごい発明や発見をして世界中の人を幸せにするの」 「どんなお仕事だって立派なんだよ、それに・・・」 真田の穏やかな微笑みに、わずかだが陰(かげ)る。 “?”と、小首をかしげながら、澪は言葉を待った。 こういう話はまだ難しいかな、と思いつつ、真田はしゃべってしまう。 「・・科学は必ずしも人を幸せにしてくれるとは限らないよ」 「ヤマトのことを言っているの?」 「そうだよ。 ・・なぜわかった?」。 真田は、少女のカンの鋭さと年齢らしくない思慮の深さに驚いていた。 「いつだったかはわすれたけど、義父さま、ヤマトという船はイスカンダルからもらった進んだ科学がなければつくれなかったと言ったわ・・・」 ふむんと真田は首をひねった。 記憶が無い。 そんなことを言ったかなと思い返してみたが、やはり憶えが無かった。 多分、無意識のうちにこぼれた、つぶやきに近い言葉だったのだろう。 「そのときの義父さま、なんだか少し悲しそうだった。 だから憶えているの、ふしぎだなって・・・今の義父さまの顔、そのときに似ているわ。 ねえ、科学って悪いことなの? どうして科学者になっちゃいけないの?」 「なっちゃいけないとは、言ってないぞ・・」 真田は弱った顔で頭をかきながら、澪の早熟さに舌を巻いていた。 しかし、イスカンダル人特有の驚異的な肉体の成長速度から考えれば、これは充分、予測できたことだった。 むしろ、肉体のみが大人で精神が幼児というアンバランスさを補正できることを喜ばなくてはいけない。 「科学を勉強したり、研究したりすることはとっても良いことだし、楽しいよ。 とっても楽しい。 でもね、 科学は使い方しだいで、とってもおそろしいものもつくれるんだ・・・。」 そう言った真田の胸を、昔の、苦く、重苦しい記憶がよぎっていた。 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 『浮遊大陸自体が吹っ飛んでしまったじゃないか・・我々は許されないことをしたんじゃないのか・・・』 “・・・だから、あれほど使うなと・・” 真田は唇を噛んだ。 言おうとする間際、言葉を飲み込んだ。 それは、今さら言ったところで、どうにもならないものであり、そもそも、波動砲開発に携わった者として、口にする資格の無い言葉だった。 命の瀬戸際、極限までに張り詰めた緊張感から開放され、虚脱感とも疲労感ともつかぬ感覚が覆いかぶさるように襲ってくる。 真田は、艦長席の沖田に断りを入れると、立ち上がり、第一艦橋を出た。 艦内に非常警報解除のアナウンスが流れる中、真田は、黙々と波動エンジンと波動砲発射機構のシステムチェックに取り掛かる。 作業に身が入らない・・ 現実感が伴なっていない。 まるで、夢の中で手足を動かしているようだった。 それでもなんとか点検を終えると食堂で夕食をとる。 食欲がない。 だが、食べねば身体がもたない。 無理やり詰め込むように食物を胃袋に収めるが腹の中が鉛を呑んだように重い。 真田は工作室にこもり、実戦観測データーをもとに波動砲発射による目標破壊シミュレーションを組み上げた。 今後、使用対象となるかもしれない目標にシミュレーション・プログラムを走らせてみる。 ガミラスの艦隊に撃つ、惑星上にある基地や都市に撃ちこむ、 そして、ガミラスの母星に対して使用する・・・ 真田は、このとき夢から覚めた。 |
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