Yamato Only Novel Deck(ver3.0)




『火星 (後編)』

 >>>ふみひこ   -- 04/04/19-00:55..No.[80]  
     「あれが、イスカンダルの船です」
 火星の赤い大地の上に、その流麗な船は横たわっていた。破損は広範囲に及んでいるが、真田の鋭い目は瞬時に判断を下す。
「エンジンの損傷はひどいもんだが…おおよその構造は原形をとどめている。どうだアナライザー、成分分析は可能か?」
「熱源反応、ナシ、残留放射能、キワメテ微弱。分析ハ可能デス」
「じゃ、降りますか」
「あ、待ってくれ、その…イスカンダルの使者の墓は?」
「え?」
「船のそばじゃないんなら、まずそこにやってくれないか」
 案内を頼んだそもそもの理由を告げた真田に、古代は不思議そうな顔を向けた。が、すぐに得心がいったような表情になり、機首をめぐらせながら幾分柔らかい声で答えた。
「あそこに脱出カプセルがあります。ほら、わかりますか」
 その傍に、イスカンダル船から運んできたらしい鉄骨が組み合わされて立ててある。
「あんな墓標しか立てられなくて。次にここへ来た時は、もっとましなお墓にしてあげたかったんですけど、そんな時間もないようですね。着陸します」

 地球の恩人の墓にしては、確かにそれは寂しすぎた。荒涼たる火星の土に突き刺さる、なかば溶けて捻れた金属塊。真田はその前に歩を進めると、跪いて手の中に持っていたものをそっと置いた。火星の薄い大気では吹き飛ばされることもないだろうとは思ったが、傍にあった石で四隅を押さえる。
「なんです?それ」
 古代は興味深そうに、その小さな紙片のようなものを覗き込んできた。
「ああ、いや……ただの押し花だよ」
「よく持ってましたね、そういうの、もう珍しいんじゃないですか?」
「まあな。本当は生花を供えられればいいんだが、さすがにそれは手に入らなかったよ」
「私物ですか?ひょっとして、大切なものなんじゃ……」
「いいさ、ここに手向けるのがふさわしいと思って、持ってきたんだ」
 そう言って、胸に手を当て黙祷を捧げる。会話が途切れたところをみると、どうやら古代もそれに倣ったらしかった。

 ふるさとを遠く離れ、宇宙で死んだ、若い女性。話を聞いたとき、その境遇に姉を連想せずにはいられなかった。
(ここに眠っているのは、地球を救うメッセージを届けてくれるために、命懸けの旅をしてきた人なんだ。いいだろう?……姉さん)
 胸の中でそっと呼びかける。姉は穏やかな笑顔で応えてくれるような気がした。

 思い出すたびに、脳裏に繰り返し現れた、姉の相貌――最後に見た、生気を失った表情。ようやくそれが真っ先に現れなくなって、まだそれほどの年月は経ってはいない。
 歳の離れた姉弟だったせいで、けんかや諍いをした記憶など、まるでない。可愛げのない言葉や態度でいつも一方的に感情をぶつけ甘えていく自分を、ただ笑って、時には辟易したように、それでも静かに受け止めてくれていた。その頭脳の非凡さゆえに常に周囲から浮き上がっていた真田にとって、この姉だけがありのままに自分を表現できる心の拠りどころだったのだ。
 画家になりたいという夢は、必ずしも周囲を喜ばせはしなかった。そんななかで、姉は真田の望みを無条件に受け入れ、スケッチに出掛ける時も、付き添いを頼めばいつも引き受けてくれた。
(本当に、俺はわがままな子どもだったな…姉さんのかけがえのない時間を奪って、平気な顔をしていた)

 忘れられない光景がある。一心に写生をする自分。少し離れて、本を読んでいる姉。やがて手慰みにスミレを一輪摘み取って、読んでいた本に挟み込んだ姉に、花の美を愛でるのなら命を絶ってはならないと賢しらにも言ってのけたことを、鋭い痛みとともにあれから何度も思い出した。
 遺品の本の中から、そのときのスミレをあしらってラミネートコーティングした栞が出てきたとき。涙が涸れるほどに泣き、短い人生の青春を浪費させてしまった罪深さに胸塞がれ、それからは肌身離さず持っていた。
 そのスミレの押し花が、この寂しい墓所を少しでも明るく飾ってくれれば。そう思って、古代に案内を頼んだのだ。

 (あなたがもたらしてくださったメッセージと設計図に望みを託して、我々はこれから14万8千光年を往復する旅に出ます。ありがとう。どうぞ、安らかに)
 祈りとともに、真田にはもうひとつ詫びねばならないこともあった。
 大破はしているものの、一見しただけで、イスカンダルの宇宙船には武器らしい武器がひとつも見当たらないことが真田の目には確認できた。おそらくこれから行う調査でも、発見できないのではないだろうか。
(宇宙の果ての一惑星に救いの手を差し伸べてくださるような、慈愛に満ちたあなた方からもたらされた技術を、我々は星雲間航行の動力としてだけでなく、兵器に用いようとしています)
 波動砲――その威力は、真田にも正確に予測することはできなかった。時間と空間を飛び越えるほどのエネルギーを浴びせられた相手が、いったいどうなってしまうのか。エネルギー量が大きすぎて、シミュレーションもできなかったのだ。
(だが、我々はガミラスという障壁を突破して進まなければならない。そのためには、この力が必要なのです――許してはいただけないかもしれませんが、どうか)
 虫のいい願いに苦くなる思いをそこで断ち、真田は立ち上がった。

 「感傷的な行動に付きあわせてしまって悪かったな。じゃ、船のほうに行こう」
 古代とアナライザーを促して、再び探索艇に乗り込む。
「感傷的だなんて、そんなふうに思ったりしませんよ。俺だって、ずっと心残りだったんだ。でも、正直意外でしたけどね」
「頼むから、他の連中には言わないでくれよ」
「なんでです、いい話じゃないですか」
「そういうの似合わんだろう、俺は。それに、死んだ家族のことも絡んでるんだ。あまり突っつかれたくないんだよ。頼む」
「…わかりました、約束します」
 真剣な表情で、古代は頷いた。苦しんでいるのは自分だけではない、そんな連帯感のようなものがこれから彼を支えていくのだろう。今はそれでいい。真田はそっと瞑目した。

 ふと、頭をよぎったことを語りかける。
「イスカンダルの使者は、どんな姿だったんだ?」
「え?どんな、って………そうだな、森…くんに、似てた、かな…」
 妙にドギマギと答える古代に、へえ、と眉を上げる。
「じゃあ、ヒューマノイドには違いないんだな」
 そのことは知っていたのだが。少しからかってみたくなって、真田は殊更さりげない調子で口にした。
「あ、そ、そういう意味だったんですか?!」
「いや、わかったよ。なるほど、森くんか」
「し、島にも訊いてください、島にも!ほんとに似てるんですよ!」
「なにもそんなに慌てなくっていいじゃないか」
「アー、ヤッパリ森班長ニ下心モッテヤガッタノカ、コノヤロー」
「うるさいポンコツ、下心って何なんだ下心って!!」
「おいおい、こんなところで落っことさないでくれよ」
 インジケータをせわしく点滅させるアナライザーと、それに負けず劣らず真っ赤な顔をしているだろう古代とに失笑しながら、真田はゆきかぜ殉難の報を耳にしてから重苦しく胸を塞いでいた雲に晴れ間が生じ――遥かイスカンダルへの旅を乗り切っていくための新しい力が、静かに湧いてくるのを感じていた。








真田さんの

>>> ふみひこ   -- 04/04/21-23:38..No.[82]
 
    兵器開発に対する思いには、いつもこのような苦さがあったのではないかと想像しています。
技術というものの「身も蓋もなさ」をしっかりと見据えた上で、より厳しい位置に自分を置こうとする姿には、子供心に感動を覚えました。
お姉さんと年が離れてるっていうのは、「そうだといいな」レベルの空想なんで、ご了承下さい。

初代サーシャはヤマト全編の中でも一番好きな女性キャラです。
雪に似てて、でも雪とはまた違った冒険心や好奇心に富んだ女性を想像してます。
 
堪能しました

>>> Alice   -- 04/05/02-11:17..No.[87]
 
    そうですね。あまりスポットは当たりませんが、初代サーシャの物語もあっていいはずですね。
真田さんや古代君の苦しさや辛さが強調されたこのお話のエンディングが、明るい色調だったので、読後がなんだかとても爽やかでした。お姉さんとのエピソードや想いもほのぼのと染み込んできました。
 
いい意味で意外でした

>>> じゅう -[URL]  -- 04/05/10-22:22..No.[88]
 
    初めて読ませて頂いたときに、こんなエピソード、全く思いつかなかったけれど、確かにあったに違いない、と思いました。

真田さんというキャラの人間性を深く掘り下げていて、なおかつ原作アニメに忠実に描かれているからだと思います。
さらに、卓抜した文章力のおかげで、すんなりと世界に入り込み、ぐいぐい引き込まれていきます。
そして読後には爽やかな感動が残ります。

今回も、ふみひこさんの世界と、ヤマトシリーズ第一作の雰囲気を壊さぬよう心がけて、挿絵を描かせて頂きました。
素晴らしい物語をありがとうございました。
 


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