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微笑みの国タイ(5)
タイスキは、タイのすき焼きだが、どちらかというとシーフード中心である。
鍋に入れてぐつぐつにてホテルの給仕が適当に器に盛って食べさせてくれる。
味は薄い。鍋と思うから違和感があるが、おでんと思えばしっくりくる。
まずいことは無いが、そんなに、「マイウー〜」と天を仰ぐほどのこともなく、強い印象は残っていない。

その晩御飯の場では、付き合いでガイドとその弟子にあたる若いブロンドの美女(ガイドよりもまだ若い)が参加した。ブロンド美女はガイドの研修中。人種は明らかにタイ人ではない。いわゆる白人である。
飲んでる間に、イカリヤ(長老)と荒井(会を企画した代表)、そしてとにかく食べることに全てをかける男高木、さらに、前回台湾でカエルを食した仲本は、満足してホテルの自室へ帰った。まあ、部屋で車座になって飲みなおすのであろう。
自分もそのつもりだったが、トイレに立っている隙に、置いていかれてしまった。
そして、再び席について、妙に袖の下が引っかかると思ったら、加藤=失恋が僕の肘を引っ張っている。
どうやら、いつの間にか、ガイドとそのブロンドの美女と加藤、私こと風邪引きで、夜のタイの街を散策することとなった。
失恋は、ガイドに相変わらず熱視線を送っている。僕は数あわせだ。
でも、タイの街を夜歩きするのは悪くない。
ただ、下世話なことだが・・・いわゆるエッチな店に連れて行くつもりなら遠慮すると釘を刺した。僕は決して聖人君子ではなく、いろいろな欲望に苦しむ人間の一人だが、そういう店には行かない。自分ひとりなら、そう宣言する必要も無いが、加藤に同行するとなると彼にもある意味釘を刺しておく必要があり、彼の前で敢えて宣言した。ガイドは「ソウイウ場所もアナイデキル。ケド、そういうツモリジャナイ」と云った。
僕は了解した。

夜のタイの街は喧騒に満ちていた。
まず、路上に当たり構わず犬が寝ている。
これをよけて歩かねばならない。
予防接種などしていない場合が多いからなおさらだ。
また、前回で触れたトゥクトゥクという3輪自動車。これが客引きやら何やらで路上を行き来する。
さらに、バイクの後ろに客を乗せてどこかへ連れて行くという商売もやっている。
道路の両端には屋台が軒を並べている。
怪しいが食べてみたい欲望には駆られる。しかし、我々は手を出さなかった。
ガイドブック等にも注意書きが合ったが、残念ながら、タイの屋台は本当に衛生面の不安が大きい。
早い話がお腹を壊す確率が高い。そういうわけで遠慮した。
ガイドがそんな僕らを笑った。
「こっち(タイ)じゃ、食中毒なんてニチジョサハンヂ(日常茶飯事)」
それでも、僕らは我慢した。まだ酔いが廻っていない証拠だ。

通りを幾つか歩いていると象が道路を歩いているのに遭遇。
僕は無邪気に喜んだ。
しかし、一緒に歩いていたブロンドの彼女は、少し目を伏せた。
なぜですか、どうかしたのですか、と聞いてみると、タイでは輸送手段で象も使われるが、路上では目が利かないことも多く、交通事故死に至る場面が多いとのことである。
それを聞いて、なんだか重い気持ちになってしまった。

とは、いえ、基本的には楽しい。ただ、街をそぞろ歩きして、どこかでお酒でもというだけのことなのだが、ブロンドの若い女性と並んで歩くのはやはり楽しい。
今こそ、43年間勉強してきた全英語力を駆使する場面だ。しかし、現実に駆使できたのは、中学程度の英語である。名前を聞いて、出身を聞いて、何がすきか、単語を示してイエスかノーか。
彼女はブロンドだが、生粋のタイ人だった。混血なのだ。うまくヒアリングできなかったが、片方の親はロシア人。英語力の問題はもちろんあったが、僕はそれ以上聞くのは遠慮した。

やがて、ガイドが知っている店に到着。
タイ料理を食べさせる小さな店で、カレー料理とかがメニューにある。
歩いて少しタイスキを消化したせいもあるだろう。旅先ということもある。
僕らは酒と・・・少しだが料理を堪能した。
日本語と英語とタイ語が混じった会話も楽しんだ。
語学というのはこういう時に楽しむためにある。
実際に他の言語を使っている人と話す。
これは銃を撃つより遥かに楽しくて得ることの多い経験だ。
言語と共に、互いに身振り手振りで理解しよう、させようとする。
タイの人たちは優しかった。

ただ・・・値段は優しくなかった。
さあ、呑んで食ったから、ホテルに帰ろうと勘定を払おうとした時、失恋=加藤はお値段が少しお高こうございますことよということに気付いた。
彼は事前にタイの相場を僕よりは勉強していて、呑んで食ったら大体どれくらいというのを分かっていたので、今回の価格が通常の2倍近いことに気付いたのだ。
気付いたが、金は持っていなかった。
結局、僕が払った(涙)。
多分、酒が高かったのだろう。それに値段が書いていなかったわけではない、テーブルには一応英語表記のメニュー表があり、僕らはそれを見ながらホイホイ注文していたのだから。
ただ、惜しむらくは、酔っていて、こういう数字にナーバスな展開になるまで、全く価格そのものに注意を向けなかったことだ。
注文時は、メニューの英語を読んで、それがどういうモノか、それだけを訊いていた。
そして、注文票には、確かに何をどれだけというのが書いてあったので、やはり自業自得の部分はある。
それでも、これは高い安いの情報というか、注意を喚起してほしいと思う部分もあり、そういう観点からは「はめられた」という気持ちが沸々と沸きあがってくる。
誰が誰に向けてかはバラバラだったが、最後には気まずい空気が流れ始めた。
加藤は、ガイドに向かってつぶやいた。
「タイは微笑みの国というが、金をもらって微笑んどる。真心やない」
ガイドは、暫し黙っていたが、やがて、顔を上げて、加藤の目を見て云った。
「どの国もいろんな人イル。タイにも日本にもイイヒト、ソウデナイヒト、イル。同じ!」
店の人が勘定を済ませるまで、皆黙った。

しばらくすると、我々のテーブルに幼い男の子がやってきた。
その子は、ガイドに不満げに何やらつぶやいて彼女の顔を見上げる。
ガイドは、少し厳しい顔になって何やら言い聞かせる。
男の子は眠い目をこすりながら部屋を出て行った。

こういうときに「フー イズ ヒー」と訊いていいかどうか、これは単に言語の問題ではない。
感情の問題だ。これは何が正しいか、一概には言えない。
ただ、いずれにせよ・・・状況は把握出来た。

ガイドはわずかに苦笑して、うつむいた。

帰りは失恋=加藤とタクシーで帰った。
加藤はつぶやいた。
加藤「子供・・・居ったんですね」
長田「ああ」
加藤「ガイドさん・・・あの子のために頑張って・・・。彼女にも彼女の生活があるっていうか」
長田「まあ、そういうことかな」
加藤「あの子の暮らしが少しでも助かるなら・・・これで良かったのかも。良しとしましょう」

長田「ああ。(でも、金を払ったんは俺やねんけど)」

そして、加藤は吹っ切れたように声を上げた。
加藤「やっぱ、あのガイドさん最高!」

僕は、ホテルに帰ってから、加藤を2時間くらい説教・・・したかったが、眠かったのでそのまま眠ってしまった。それに彼にはいろいろな意味で勉強になったはずだ。

今回は写真が無くてすみません。
次回はアユタヤ案内です。写真もそれなりに。
[479] 艦長 (2007/12/24(Mon) 12:16:25)

哀しき象の背中
>感動者さん
 コメントありがとうございます^^。
 文章に評価いただき、とても嬉しいです!
 象のことは、カワイイ動物だけに心が痛みました。
 誰を責めるということではなく、全てが哀しい、そう思いました。
 次回もタイの息遣いが伝わるような記事を書きたいと思います。
 よろしければ、次回もお付き合いくだされば幸いです^^
[481] 長田亀吉 (2007/12/27(Thu) 00:08:41)

Re:微笑みの国タイ(5)
写真がなくても状況はしっかりと伝わってきました!
象が交通事故・・・ですか。驚きです。
今回は街の生活が目に浮かびました。

[480] 感動者 (2007/12/25(Tue) 22:21:05)

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