第九話 『戦士に安らかな休息を・・』(前編)



 不意な衝撃がペルセウスをゆさぶった。
何だ!敵の対空砲か? それにしても、まだ早すぎる!

『SAM、全て爆発。』 不意に警告音が鳴り止んだ。
スイッチに伸びた指が思わず引っ込んだ。 
ミサイルを表わす光点が、次々と視界から消えてゆく。

・・・どうした!?・・いったい何が起こった?

『 報告。 六時の方向、 上空より飛行物体が5、接近中。 IFF(敵味方識別信号)への応答あり。 味方機と確認。』

ミサイルを撃墜した無人機たちが【ペルセウス】の上空を舞っていた。

『 ブラックタイガー、ただ今参上ッ!!』

山本の得意げな声が通信機から飛び込んできた。
『 お待たせしてすいません。敵の対空砲火が激しくて・・・。 
でも、もう心配要りません。 
第一艦橋、聞こえますか? こちらシミュレーター室の山本。
【ペルセウス】を捕まえました。 
けん制任務を終了し、これより護衛任務へと移行します。』

山本はそう宣言すると、各機に指示を出し始めた。

『 T1(タイガー・ワン)、先行して警戒飛行。
オレは対空監視を行う。 T2,3、4は戦闘班長をガードしろ。
いいか、油断するなよ!
新郎新婦を教会までエスコートする。
かすり傷一つ負わせるなッ!』

「バッ、馬鹿ッ! こんな時に何を言っているんだ、お前は!」
慌てる古代を山本は、冗談ですよ、ジョーダン、と軽くいなす。
おいッ、いいかげんにしろよ。と怒る古代の言葉を、山本の冷静な
声がさえぎった。

『TR(タイガーリーダー)より各機へ。 ボギー4(敵4機発見)。
ハイ(上方)、十時(左、斜め前方)。』

山本機、ドロップタンクを落とすと迎撃態勢に入る。
『では、新婚さん。行ってらっしゃい。 T1、オレについて来い!』

・・・・相変わらずクソ生意気な野郎だ。

だが、今はその声がやけに頼もしく聞こえる。
古代は上空を仰ぐ。 
ノズルから噴き出す光をきらめかせ、二機の虎が獲物へ向かって大空を駆け上っていった。



『戦闘班長、左右と前方を固めます。 イザとなれば我々が弾除けになりますよ。』
護衛グループの指揮をとるT2から古代に通信が入った。
無茶をするな、と言おうとしたが、古代は護衛が無人機であることを思い出した。
【ペルセウス】の周りに壁を作るように護衛機が寄り添った。
古代は今までのような単独飛行では、決して味わえなかった安心感を覚えていた。

しかし、それもつかの間。
敵の対空射撃が始まった。
至近弾の爆発の衝撃が機体を震わせる。 その不気味な振動は古代の心臓を締め上げた。
 右側のブラックタイガーが左の主翼を打ち砕かれると
紙飛行機のように回転しながら地上へと落下していった。
 そして前方の無人機は、目の前で一瞬のうちに火の球へと変わった。

― 回避をしている余裕はない。 一気に敵を叩く。―

押し寄せる恐怖を押し返し、古代は機体を爆撃コースに乗せた。
「射爆管制装置が目標を認識! 爆撃準備完了!」 
森雪の声が古代の耳に届く。
古代は【ペルセウス】を攻撃目標に向かって急降下させた。
強烈なGが再び彼を襲う。
その圧力に抗い、機体の向きを微調整。目標指示マークを
爆撃照準レティクルに合わせた。

視界の中では敵の対空砲が打ち出す色とりどりの曳光弾が
花火のように踊り狂う。
だが、身の毛のよだつその光景を、古代はなぜか恐いとは感じなかった。
恐怖を感じ続けて感覚が完全に麻痺してしまったのか、
それとも理性が彼を完全にコントロールしているのか。  
自分でもわからない。
古代は機体の周りを掠めていく光を美しい、とさえ感じた。

目標を指し示すグリッドの色が電子音と共にレッドに変わる。 
その瞬間、彼の指は落ち着いて爆弾投下スイッチを押していた。




「投下!」
【ペルセウス】は精密誘導爆弾を切り離す。 軽くなった機体がフワリと浮き上がった。 
古代はその動きを利用して機首を引き起こし、アフターバーナーを点火する。
着弾確認などしてはいられない。 
爆発影響圏から逃れるために急速離脱をかける。
投下された誘導爆弾はセンサーで目標を確認しながら爆撃地点へと自らを誘導し、
地熱発電所の隔壁をぶち破ると施設の心臓部で炸裂した。

その爆発の衝撃波が【ペルセウス】を揺らす。

・・・命中したのか? 
古代はヤマトの大作戦室内戦術コンピュータにアクセス。
戦術情報システムから地上観測データを引き出し着弾ポイントをチェックする。
彼の強張っていた表情が笑みで緩んでゆく。
間違いない。
精密誘導爆弾は正確に目標を捉えていた。

やれるだけのことはやった。 
・・・後はみんなにまかせる。

古代は、操縦席にその身をあずけると大きく息を吐きだした。 
その時、右肩に何かが触れた。
彼が目をやるとそこに森雪の手があった。 
古代はその手を握る。 
手の温もりを感じる。生きているんだという実感が湧いてきた。
森雪は自分の手を握る古代の手が震えているのに気が付いた。

たぶん、自分では気付いてないのだろう。

― 思ったより大きな手をしている。― 
そう感じながら彼女は彼の手をそっと握り返していた。



「目標の爆発を確認!  エネルギー、反応レベル低下中・・・。」
その頃、ヤマトの第一艦橋では太田が食い入るように反応値を読み取り、報告を続けていた。
「反応値、依然低下中・・・上昇に転じる観測データを認めず・・・
やりました! バリヤー展開不能点まで低下。 
バリヤー消滅を確認しました!!」
すかさず沖田の指示が飛んだ。

「南部、主砲発射!全力で叩け。 サブシステムに切り換える
余裕を与えるな!」
「了解。使用可能な全砲門を開け! 目標、【М・N】ブロックA。
誤差修正必要なし! 発射ッ!」
ヤマトの主砲が吼える。
衝撃波が次々と地上に突き刺さり、目標を完全に破壊した。
「惑星地表の放射線反応消失を確認! やりました。成功です。艦長!」

大きな歓声と喜びの声が第一艦橋を満たす。
その中で一人、真田は沖田に詰め寄っていた。

「艦長、教えて下さい。 もういいでしょう? 
なぜあの二人なのです? なぜあの二人なら放射線の影響を
克服できると分かったのですか?」
「わかったよ、真田君。 二人が無事帰ったら教えよう。約束だ。」
なおも沖田に食い下がろうとする真田をさえぎり、
佐渡が沖田に駆け寄った。

「さあ、もういいじゃろう。休んだほうがいい。」
佐渡に促された沖田は、立ち上がると真田に後をまかせて艦長室に上がっていった。




「ヤマト・コントロール(管制室)、こちら【ペルセウス】。着艦口を開けてくれ、アプローチに入る。」
「了解。こちらヤマト・コントロール、着艦口は開いてますよ、古代さん。
 歓迎委員もお待ちかねです。
手荒い出迎えになりそうだから覚悟しといたほうが良いですよ。」

その言葉を聞いて、思わず古代の顔がほころぶ。

「まいったな。 こっちは一仕事終えてクタクタなんだ、お手柔らかに頼むぜ・・・よしっ、誘導ビーコンを捕まえた。
タッチダウン(着艦操作)を全自動にセット。ファイナルアプローチ開始。」
「了解。現在着艦口の重力環境はプラス0,8。 進入コース、クリアー。
 お帰りなさい! 古代戦闘班長!」

【ペルセウス】、ヤマトに着艦。
着艦口が閉じ、格納庫に空気が満たされると、アッと言う間に乗組員たちが古代と森雪を取り囲みもみくちゃにする。

特に古代は狙われた。
まるで逆転満塁サヨナラホームランを打ったバッターのようにバンバン背中を叩かれた。
誰かが髪の毛に指を突っ込んでクシャクシャにかき回す。
 島の笑顔が見える。真田も笑っていた。太田が、南部が、山本が、頭痛がするのか、時折顔をしかめながらも相原が・・・みんな嬉しそうに笑っていた。

  お帰りなさい・・・か。

背中や頭を叩かれる心地よい感触を噛みしめながら、
古代は管制官の言葉を胸の内でそっと繰り返す。
彼の心が何か温かいもので満たされてゆく。

忘れていた。 
父が、母が、そして兄も死んで、忘れてしまったものが彼の中で甦りつつあった。 
彼は気づいた。

そうなんだ。
俺は帰ってきたんだ!  そしてここが俺の家(ホーム)なんだ! 
みんなが俺の・・・俺の家族なんだ!

その時、自分の名前が呼ばれた。 声の方向を見ると乗組員たちに肩車された森雪がこちらに向かって手を振っている。嬉しそうに、はしゃぎながら笑っていた。 その笑顔がやけにまぶしかった。
ちくしょう、なぜだ?
古代は自分の目をぬぐった。
彼の目には森雪の姿がにじんで見えてしかたがなかった。




沖田は着替えを済ますとベッドに横たわった。
心地よい疲労感が全身を包んでいる。 こんな感覚を覚えるのは久しぶりだ。
その時、艦長室に真田が入ってきた。

「報告します、艦長。 古代、森、無事に帰還しました。
両名は後ほど報告に参ります。 つきましては・・・」
 真田は、わざと言葉を続けずに沖田の返事を待った。
「フフン。君もしつこいな。 よかろう、約束だからな。教えてあげよう。 
二人が無事、地球に帰ったら教えてあげるよ。」
沖田はそう言ってニヤッと笑ってみせた。

「・・・地球にッて・・・艦長。トンチ問答じゃないんですよ! 
真面目に答えてください。」
「そうかね? 私は至極真面目に答えているつもりなのだが・・・
ああ、そうだ。 
ところで真田君。 例の人体実験の件だが・・・」

その瞬間に真田は自分の負けを悟った。
― このタヌキ親父めッ!!―

「真田志郎、これより艦体修理の指揮監督に行ってまいります。」
真田、敬礼もそこそこに、慌てて艦長室を出て行った。
ヒヒヒッ、と部屋の片隅から笑い声が聞こえた。
見ると、黙って二人のやり取りを眺めていた佐渡がこちらに近づいて来る。

「役者の違いじゃな。 疲れたじゃろう、艦長。 ご苦労さん。」
そう沖田に言った時、古代と森雪が艦長室へと入ってきた。
やあ、ご苦労さん、と佐渡が声を掛ける。
二人は沖田と、佐渡に敬礼すると惑星で起きたことの報告をした。
沖田はそれに口を挟まず、黙って聞いていた。 ほぼ自分の予想どおりだった。

報告が終わると、森雪がおずおずと沖田に質問をした。
「・・・艦長、なぜ私と古代君が選ばれたのか、お聞かせ願えませんか? 艦長がそれを隠すのには深い理由があっての事とは思います。
でも、・・・もしよろしければ、で結構なんです。教えて頂けませんか?」

森君、と沖田は、静かにその問いに答えた。
「そのうち分かる・・・きっとだ。君たち二人には共通点がある。それが何か、という事は自然と分かるようになるだろう。 自分が保障するよ。」
 そう言い終ると目を閉じた。
ですが、艦長。と、なおも質問しようとする古代を森雪が目で制した。

「・・・艦長はお疲れなのよ。」
小声で森雪がささやいた。
それもそうだ。
古代は質問をあきらめ敬礼をすると、森雪と共に艦長室を出て行った。
二人が出て行くと佐渡が沖田の治療を再開した。
しばらくして沖田が口を開いた。

「先生は聞かないのかね?」
「何を?」
「こんどの作戦について、だよ。」
佐渡は治療の手を休めず、別に、と答えた。
「みんながアンタの言葉を信用して行動し、そしてあの二人もアンタを信じて見事に使命を果たして無事に帰ってきた・・・・ワシにはナンにも、文句はないよ。」

自分(沖田)の言葉を信じて・・・か。
沖田は自嘲気味に笑った。

えらく買いかぶられたものだ。
自分が防衛軍の中で名将と呼ばれているからなのか? 
地球のマスコミが“生ける伝説”と持ち上げているからか? 
だがそんなものは虚像だ。
 連邦政府のプロパガンダが作り上げた蜃気楼にすぎない。
嘘だと思うならこれまでに宇宙で死んでいった連中に聞いてみるがいい・・・自分が世間で言われるような英雄ならば、
彼らをむざむざと死なせはしなかった。

火星、金星、タイタン、エウロパ、トリトン、・・・そして冥王星。
『無駄死にをさせるような作戦は決してしない』、だと? ・・・お笑い草だ。

自分にもっと力があったなら、戦死者のうちの何割かは救えた筈なのだ。
 死ななくてもよかった彼らの死が、無駄死にでなければ何なんだ? 
総ての責任が自分にはある。 おそらくその報いが息子の死だったのだ・・・・。


「ところでアンタ、さっき痛み止めを断ったんだってな。」
突然の佐渡の問いに、沖田の思考は中断した。

「そうだ。今後また、似たような事が起こるかも知れない。モルヒネで頭がぼんやりしていたんでは任務が果たせん。」
「そうか・・・ならいい。 じゃがな、艦長。 痛みを自分を罰するための、戦死した者たちへの、贖罪(しょくざい)の手段と考えているなら、やめてくれ。」
「・・・・。」

「彼らはアンタのことを信じて戦い、アンタも全力を尽くして戦った。生きるか死ぬかはその時の運じゃ、・・・誰もアンタを恨んじゃいない。
そうやってなんでもかんでも自分の責任だ、と抱え込むのは悪い癖じゃよ。」

沖田は佐渡の言葉に答えようとはせず、黙って天井を見上げていた。

「図星で言い訳もできんかね? これは山田分析官の推理じゃよ。
 こと心理分析に関して、あの男の推理が外れたことはないからな。」
佐渡は言葉を強くして、先を続ける。

「痛みを甘く考えちゃいかん!
 それはアンタの体力と気力を確実に削り取ってゆくぞ。 
アンタが衰えて、イザという時に体も精神もボロボロになっていたらどうする。
 ヤマトを無事に地球へ帰す事こそが、戦死した者への手向けになるのじゃないのかね? 
この航海が失敗して人類が絶滅してしまう事こそが、彼らの死を犬死にしてしまうのじゃないのかね? 
アンタには、まだまだ死んでもらうわけにはいかんのじゃ! 
アンタはまだ、この艦(ふね)に必要な人間なんじゃよ!」

沖田は天井を見つめるのを止め、佐渡の方へと顔を向けた。

「えらく長々としゃべったな。 先生、あんたは医者よりも説教師の方が向いてるんじゃないのかね?」
「艦長ッ!!」
「分かったよ先生、医者はあんただ。 先生の指示に従うよ。」

マッタク、最初から素直にそう言えばいいんジャ、とブツブツ言いながら佐渡は沖田の治療に専念する。

やがて治療は終わった。
佐渡は艦長室を出て行こうとする。 
その背に沖田が声をかけた。

「ありがとう。 ・・・迷惑をかけてすまんな、先生。」
佐渡は振り返り、しばらく沖田の顔を黙って見つめた後、
口を開いた。

「もう一度言うとくぞ。あんたはこの艦には欠かせない人間じゃ。 まだまだ働いてもらわにゃならん・・・当分死ぬわけにはいかんな。」
佐渡の目が眼鏡ごしに、真剣のそれのように光った。
沖田は、それが病人に向かって言う言葉かね? とぼやき、寝返りをうつと、佐渡に向かって背中ごしに、
「フン、人使いの荒い先生だ。」 そう毒づいてみせた。

口の減らない頑固ジジイめ!
だがその意気だ。 
その気力さえあれば当分、病魔に負けることはあるまい。
佐渡はホッと胸をなでおろした。

「ああそうじゃ、艦長。 忘れとった。」
佐渡は診療カバンの中を探ると透明な液体の入った小瓶を取り出した。

「痛み止めじゃよ。ここに置いとくからな、適当な時に飲んでくれ。」
そう言ってイタズラっぽく笑うと、佐渡は艦長室を出て行った。

 いつものアンプルより、だいぶ大きいが・・・。
沖田は不審に思い、小瓶の口を開け中味の臭いをかぐと・・・ニヤリと笑った。
瓶に口をつけ、液体を一口飲み込む。
芳醇な香りのする、生のままのウォッカがのどを刺激しながら落ちていくと、胃の中でカッと燃え上がった。

  なるほど、“痛み止め”、ね・・・。

「・・・まったく、喰えん先生だな。」
沖田はつぶやくと、苦く笑いながらもう一口、瓶の中味を飲み込むのだった。
ぺきんぱ
2002年08月12日(月) 22時45分10秒 公開
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■作者からのメッセージ

 えーとッ、筆者から一言申し上げます。
シリアスな雰囲気をアホな文章で台無しにしたくない方は第十話へとお進み下さい。
飛ばして頂いても何の問題もありません。
いつもの通り、下らないことが書いてあるだけですから。



「ど〜も。作者の(以下略)。」
「アシスタントの(以下略)。」

「・・・これって手抜きじゃないですかネェ?」
「ウッサイナ〜、こちとら暑くてたまらないんだよ。(現在の室温27度、クーラー故障中・・・トホホ。)コレくらい大目に見てくれるよ。」

「それにしても前四話の次回予告、・・・なんか悪い物でも食べたんですかァ?」
「ほっとけッ!! ホントはねェ〜、かの名作『装甲騎兵ボ○ムズ』みたいにピシッと決めたかったんだけど・・・ものの見事に失敗でしたな。(なんと無謀な!)」

「マッ、ネタに詰まってパクッたりするからバチが当たったんでしょう。 それにしても失敗作と自覚する文章を載せちゃう、ていうのは・・・作者もけっこう‘いいタマ’ですネエ。」

「OH。アナタ、何ヲ言ッテルンですカァ?“パクる”?“いいタマ”? ワタシ、ムズカシイ日本語、ヨクワッカリマセ〜ン。」

「あんたネェ・・・。 もういいや。
さて、それでは引き続き、第十話をお読み下さい。」

「ワタシ、ニッポン大好きデース。天プラ、スキ焼キ。ゲイシャ、フジヤマ・・・」
「アンタ、もうエエッちゅうねん!!」

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