第七話 『BATTLE OF THE PLANET』(中篇) |
「艦長、【М・N】、【М・S】、共にエネルギー反応増大! すごい増えかたです!」 「地上放射線照射量、三十パーセント上昇! なおも急激に 上昇中です、艦長!」 古代と森雪が意識を失いつつある時、宇宙戦艦ヤマト、 第一艦橋でもその現象は察知されていた。 真田と太田がほぼ同時に異常を告げる。 それを追うように、第一艦橋に詰めて医療モニターを チェックする佐渡の声が艦橋内に響いた。 「大変じゃ、二人の脳波パターンが採掘班のそれに似てきたぞ!」 島はもう居ても立ってもいられなかった。 「艦長!もう無理です、二人を引き返させてください!」 【ペルセウス】には万が一の時のため、操縦を強制的に第一艦橋から 操作するシステムが組み込まれていた。 島はそれを使おうというのだ。 何も答えない沖田に、島は操縦席を離れて訴えた。 「艦長、このままでは危険です、撤退させましょう!」 沖田は腕を組み、視線を前に据えたままで島に言う。 「島、持ち場に戻れ。」 「いえ、艦長の命令を聞くまでは戻りません! もう止めてください! このままだとあの二人は殺し合いを始めます! いや、もうそうしているかもしれない。 どちらかが一方を殺してしまうかもしれないんですよ! そんなこと残酷すぎる!・・・そんなの僕はいやだッ!」 沖田は立ち上がると島を一喝する。 「うろたえるな、馬鹿者ッ! 持ち場へもどれ!」 だが、島は沖田の握った拳が小刻みに震えているのを 見逃さなかった。 「では艦長、教えて下さい。 なぜ艦長は古代達がこの作戦を 遂行できると確信できるのですか? その根拠はなんです? 」 島は、溜まりに溜まった疑問をぶちまけていた。 「いや、艦長。 あなたは本当に確信できているのですか? 答えて下さい! 」 第一艦橋全員の目が沖田に向いていた、彼らの気持ちもまた 島と同じなのだ。 だが沖田は艦長席に座りなおし、腕を組み黙ったままだった。 「艦長ッ!!」 島がもう一度促す。 彼の態度は、もはや喧嘩腰だった。 その声に応えるかのように沖田が顔を上げる。 彼の視線が何かを捕らえた。 紙のように白かった沖田の顔に赤みが差し、眼光に生気が戻る。 体中に気力がみなぎり、島はその迫力に気圧(けお)されるかの様に、 思わず後づさった。 「みんな! あれを見ろ。」 真田の指差す先、医療モニターからの転送データが 表示されたパネルがある。 そして異常値を示し続けてきたそれは、 徐々にではあるが、 しかし確実に正常値へと戻りつつあった。 真っ暗だった部屋に突然灯りがついたように、 古代は意識を回復した。 (いったいどうしたんだ、俺は?) 意識が睡眠から覚めた直後のようにはっきりしない、 体に力が入らず奇妙な浮遊感が全身を包んでいた。 (そうだ、 彼女はどうなった?) 古代は通信スイッチに手を伸ばそうとして愕然とする。 体が動かない! 全身がいうことを聞かない! いや、それどころか、手が勝手に何かを探すように動き回っている。 (なんだ、いったいどうなっている?) 古代は慌てて計器を見ようとし、再び驚いた。 視線すら動かせない! だが視野の片隅に『AUTO(自動操縦)』の表示を見つけ安堵する。 (意識を失くしていた間に俺がセットしたのか? しかしなぜそんなことが・・) 古代は依然、醒めきらない意識で必死に考える。 その間も自分の手はサバイバルパックをまさぐっていた。 (何を探している? 俺は何をしようとしているのだ?) やがて古代の手は探すのをあきらめたのか、明らかに目的を 持って一つのレバーへと伸びていく。 (何をする! それは後部席の緊急脱出装置だぞ! バカな! こんなに低い高度で射出されたらパラシュートが開く前に彼女は地面と激突だ! よせ! やめるんだ!!) 古代は必死に右手の動きを止めようとする。 (そうか! これが佐渡先生の言っていた生存本能による過剰防衛反応・・・ 生存本能が理性に代わり体を支配して・・・、 畜生! 体が勝手に・・・。) 古代は意識を右腕に集中させ、動きを止めようとする。 だがその手は射出レバーを握った。 そのレバーが引かれた時。 森雪は死ぬ。 もうダメなのか、そんな考えが頭をよぎる。 ふざけるな!! 古代の怒りが爆発した。 俺達はこんな事をするために、 仲間同士で殺し合いをする為にここまで来たのか? あれほど大量の血を流し、苦しい航海に耐え星の海を渡った、 その結末がコレなのか? ふざけるんじゃないッ!! フザケルナ、フザケルナヨ、という呟きが呪文のように流れ出す。 古代は、いつのまにか口の動きを取り戻していた。 俺はあきらめたりはしない。 俺は絶対に敗北を認めはしない。 たとえそれが、神から与えられた運命だとしてもだ。 俺は彼女を殺したりはしない!! 激しい怒りと、殺さないという強烈な意志。 彼の頭に在るのはただそれだけだった。 自分の右腕を動かそうとする意識は影も形も無くなっていた。 しかし、それでも、 いや、それゆえにと言うべきなのか? 彼の右腕はレバーから、 その動きはギコチないものの ゆっくりと離れていった。 (やったぞ! よし次は目だ、視線を動かせ!) 少しずつだが視野が動く。 古代はバックミラーで後部席の様子を覗いた。 森雪は生きていた。 動いている。 手に何かが握られていた。 手に握られた物の正体に古代が気づいた。 (あれは、・・サバイバルパックの救難用レーザー発振器!) 救助隊に合図する時、使う物だ。 整備員からこんな説明を聞いたことがあった。 『遠くからでも、はっきり分かるように強い出力で発振されますから、 絶対に人に向けたりしないで下さいよ。 体に穴が開いちゃいますからね。』 ・・・ミスだ。 ミスがあったのだ! 計画書にはサバイバルキットからナイフやレーザー発振器は 除いておく、と書いてあったはずだ。 現に自分のサバイバルキットには入ってなかった。 ― 整備員のヤツ、チェックを見落としやがった!― 古代は怒った。 だが今ここで整備員に怒ってもしかたがない。 一刻も早く体の自由を取り戻し、彼女を止めなければならない。 (クソッ! 動け、動くんだ! 彼女を止めろ!) だが、依然、わずかに右手と眼球しか動かせない。 もう一度ミラーをのぞいて彼女の様子を見る。 レーザー発振器の向きが自分の方へゆっくりと向けられていく。 「雪、止めろ! 正気に戻れ! 俺にも出来た。 君にも出来るはずだ!」 通信機を通して古代が呼びかける。 だが、彼女の応答は無い。 依然、森雪の腕の動きは止まらなかった。 しかし彼の願いが通じたのか、発振器の狙いは古代から外れていく。 「そうだ、雪。がんばれ! ・・・オイッ!? 何をしている?」 古代の励ましの声が絶叫に変わった。 やめろ! やめるんだッ!! 古代から反れたレーザー発振器の向きが森雪自身の方へと向いていく。 出撃前に彼女の言った言葉が胸に甦った。 『私がおかしくなった時は、これで自分にケリを着けるわ。』 彼女は自分の言ったことを実行しようとしているのだ。 「コノッ馬鹿野郎ッ!!」 思わず古代は叫んでいた。 ( こんな事で彼女を死なせてたまるか! 考えろ、考えるんだ! 彼女を止めろッ! ) 古代は視線をめまぐるしく動かし、操縦席の何かを探す。 視線の先、さっきまで握っていた射出レバーが古代の 意識を刺激した。 これだ! 間髪を入れずレバーを握る。 射出レバーは二段式になっている。 一段引けば脱出に邪魔な風防が射出される。 二段目で初めて座席が射出されるのだ。 これを一段目だけ引けば・・・・。 しかし、問題は自分の手の動きだ。 まだ完全にはコントロールが利かない。 力の入れ具合を間違えて二段目まで引いてしまえば、 彼女は地面へと急降下だ。 だが他に手は無い。 自分を信じ、賭けるしかなかった。 古代は迷わず射出レバーを引く。 爆発音と同時に【ペルセウス】の風防が吹き飛ぶ。 操縦席に流れ込む強烈な風圧が古代を襲った。 風防強制排除の衝撃で機体が激しく揺れる。 だが、すぐに自動操縦装置が機体バランスを補正。 【ペルセウス】を安定姿勢に戻した。 操縦席に吹き込む強風に抗い、古代は身をよじって 後部座席を覗き込んだ。 予測できなかった衝撃に頭を座席に叩きつけたのだろうか? 彼女はグッタリと座席にその身をあずけていた。 両手には・・・何も握っていない・・・。 少々荒っぽかったが狙い通りだ。 強風と風防強制排除の衝撃が彼女の手からレーザー発振器を奪ったのだ。 安堵のため、全身から力が抜けてゆく。 古代はその時初めて、自分が完全に体の自由を 取り戻している事に気がついた。 「どういうことじゃ、古代達の脳波が正常に戻ったぞ。 うれしいことじゃが、さっぱり訳がわからん。」 佐渡は頭をひねり続けていた。 島も食い入る様に情報パネルを見つめている。 その背中に沖田の叱責が飛んだ。 「島、何をぼんやりしとるか! 持ち場にもどれ! 真田君。古代と連絡を取って状況を確認してくれ。 問題がなければ作戦を続行する。」 了解です、と真田は通信席に着くと古代に向かって呼びかけた。 『 古代です。 真田さん、ですか。 何とか乗り切りました。』 古代の無事な声を聞き、真田は思わず声を張り上げた。 「心配させやがって、この野郎ッ! 大丈夫か? 二人とも怪我はないか?」 『僕の方は大丈夫です、それより雪が・・・うめき声が聞こえてきますが心配です。 そっちは医療モニターで確認しているんでしょ? どうなんですか?』 真田が佐渡に古代の言葉を伝えると、彼は指でOKのサインを作って見せた。 「安心しろ、彼女は無事だ。 すぐに回復する。 それと【ペルセウス】の方はどうだ?」 『キャノピーを強制排除してしまいました。 今は自動操縦で飛んでいますが、 空気抵抗の影響で手動での微妙な操縦は無理です。 どうしたらいいですか?』 そうだな、としばらく考えた後、真田は古代に指示を出した。 「よし、 耐熱シールドを下ろせ。 風防代わりにする。」 ええッ、と古代は驚きの声を上げた。 『でも真田さん。それじゃあ外が見えません!』 「心配するな、古代。こんな事もあろうかとセンサーを 強化しておいた。 サーチモードをF3(フェーズ・スリー)に 合わせろ。 それからヘルメット右側のコネクターを レーダーモード切替スイッチ下の穴に差し込め。」 古代は真田の指示に従って耐熱シールドを下ろす。 計器盤の明かりだけが照らす、ほの暗い操縦席でコネクターを 差し込むとヘルメットの右側面部から、ブーンという ミツバチの羽音にも似た音が聞こえてきた。 眼球の奥に鋭い刺すような痛みのような感覚があったかと思うと、 古代の目の前にデジタルマップが浮かび上がった。 古代は思わず驚きの声を上げる。 まるで自分がコンピューター画面の中に迷い込んでしまったかの様だ。 「どうだ、古代。 驚いたか。 その映像は自分の網膜を通して 見ているんじゃないぞ。 ヘルメットに装着した医療モニターを 通してお前の視神経に直接、映像情報を送り込んでいるんだ。」 うれしそうに説明する真田の横で佐渡医師が渋い顔をする。 ・・・そんな改造、聞いとらんぞ、ワシは・・・ 「その映像は、あらかじめ収集しておいた無人探査機の走査データに、 機体センサーからのリアルタイム情報による補正を加えて、映像化処理したものだ。 視界は限定されるが操縦できないほどではないだろ? 映像が邪魔な時は、音声入力で映像のサイズは80%〜20%の範囲で縮小できるし、 視線を動かすことで位置も移動できるんだ。 どうだ、大したものだろう? これを作るのにどんなに苦労したか・・・」 通信機に向かって大威張りで喋りまくる真田の姿が目に浮かぶ。 どうやら自慢話モードに入りつつあるようだ。 ・・・やれ、やれ。 早いとこ会話を切り上げてしまいたいのだが、ここで話の腰を折ると 真田はたいてい不機嫌になるから始末が悪い。 古代は適当にあいづちを入れながら、爆撃管制装置のシステムチェックをしていく。 「・・でな、これで人の頭に映像情報を直接送り込むことが出来るわけだが、 考えても見ろ、古代。 研究が進めば逆も充分に可能だぞ。 他人の頭の中の映像情報、例えば、睡眠中の夢や記憶映像なんかを ダウンロードしてのぞき放題、という訳だ! どうだッ、すごいだろ!」 ― 映像を送り込む? 睡眠中の夢? ・・・ちょっと待てよ・・・。 自慢げに言う真田の声に、作業を進めていた古代の手がピタリと止まった。 『真田さん、チョッと聞きたいのですが。』 「ん、なんだ?」 『佐渡先生からの報告によると、二ヶ月ほど前から幻覚症状や 悪夢にうなされる乗組員が急に増えてきたそうなんですが。 ・・アンタ、まさかみんなに秘密で・・・』 「オーッと、すまんな、古代。 無駄話で時間を潰してしまった。 お前も忙しいだろうからこれで通信を切るぞ。 じゃあな、気を付けていけよ!」 真田は慌てて通信を切ったがもう遅い。 古代の言いたかったことは第一艦橋クルー全員が理解した。 「真田君、まさか君。秘密で人体実験を・・・」 「アーッと、艦長。これから主砲の調子を見てきます。 故障があったら大変だ。」 大変だ、大変だあ、とか口に出しながら、真田は急いで第一艦橋を出て行った。 実にアヤしい。 ものスゴク怪しい。 ― 今夜から寝る時には、身の回りにおかしな物がないか 充分注意しよう。― そう心に固く誓う乗組員一同であった。 |
ぺきんぱ
2002年08月03日(土) 00時17分06秒 公開 ■この作品の著作権はぺきんぱさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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