第五話             賽(サイ)は投げられた。




「待たせたな、古代。ようやく準備ができたぞ。 
だがそれについては良い知らせと悪い知らせと両方がある。 
どっちから聞きたい?」
「もちろん、良い知らせからお願いしますよ、真田さん。」
そうだろうな、と真田は微かに笑いながら
壁面情報表示パネルのスイッチを入れた。

「よし、まずは見てくれ。これは【メドューサ・エヌ】を
真上から見た俯瞰図だ。」
「なんです? その【メドューサ・N】というのは。」 
(筆者註。以後、 【M・N】 と表記。)

「俺と南部とで付けた名前だよ。あの目標とか、あの施設とか
言っていたんじゃまぎらわしいだろ?
だから、姿を見せただけで恐怖によって人を石に変えてしまう
ギリシャ神話の怪物から名づけた。
Nはノース。 Sはサウスだな。
南極、北極に一つずつ在るからアルファベットで分けてある。
ところでこの両者からは生命反応がまるで無い。
どうやら完全自動、無人システムのようだな。」

いったん言葉を切ると、真田は映像の一箇所を指示棒で指し示した。
「地表に走る一本の筋に注目してくれ。これはごく最近の
地震活動によって生じた断層だ。」
真田が断層の映像を拡大する。 まるで巨人が指で地表を
えぐったように一本の溝が走っていた。

「かなり大規模なものだ。 よく見てくれ。 まっすぐ【M・N】の方に向かって伸びているだろう。 こいつの中を飛行して
接近すればレーダーも回避できるし、直に奴の懐へ飛び込めるぞ。」
「でも気をつけてくださいよ。断層の壁が崩れて、狭くなっている部分がいくつかあります。すり抜けるにはギリギリですからね。」  
南部が航空写真を古代に渡し、ここと、ここ、そう言ってペンで
赤く印を付けていく。
南部の説明がひと段落つくと、真田が先を続けた。

「それから攻撃ポイントだが、この熱分布図を見てくれ。
知っての通り色が明るい所ほど高温だ。
おそらくここが動力源だろう。断層からもそれ程は離れていない。
ラッキーだぞ。古代。」
真田の笑顔に、古代は親指を立てて応えてみせる。 
ふと、感じた疑問を口に出した。
「かなりの熱量ですね。 核融合炉ですか?」
「違う。 どうやら地熱発電のようだ。こいつを造った連中は
この星の活発な火山活動を利用して、半永久的かつ無尽蔵な
エネルギーを手に入れた訳だ。しかし、その火山活動が断層を
造り出し、鉄壁の防御にヒビを入れた。 皮肉なものだな。」

 まァ、世の中そういうもんでしょうネ、と南部がおどけた
口調で
肩をすくめて見せると、室内がドッと沸いた。 
 思わず古代も笑ってしまった。 
だが笑える話はこれで終了。 
 ここからが問題だ。

古代は気持ちを引き締めると、真田に尋ねた。
「では真田さん。悪い知らせの方は?」
真田も表情から笑いを消すと古代の質問に答える。
「地熱発電所の能力から推定すると、【M・N】、【M・S】、
両者ともに持てる能力の六割も発揮してないようだ。 
あの放射線はもっと強くなる可能性がある。
だがその防御対策はほとんど進んでいない。」
 
スマン、古代。 真田はそう言って古代に頭を下げた。
古代は驚くと、あわてて真田を慰め話題を変えた。
「時間が無いですから仕方ありませんよ。それよりこれは
なんですか?」
「ああ、こいつか。」 
真田はパネル左上隅の一画、飛行機が映っている部分を指で叩く。
 映像がパネルの半分ほどに拡大された。
「この惑星の大気組成や重力といった環境に合わせて造った
航空機だ。攻撃にはこれを使う。特別艦上攻撃機XA―1。 
ニックネームは【ペルセウス】にしようと思っている。
特に運動性を重視した機体に仕上げたつもりだ。 
それと悪いが慣熟飛行はシミュレーターでやってくれ。
今はあの惑星に降りる訳にはいかんからな。」

「なるほど、【ペルセウス】ですか。」
うなずくと、あらためて古代は【ペルセウス】を観察した。
平べったい機体の両脇にある三角形のエアインテーク
(空気取り入れ口)はダブルデルタ翼と一体化して、主翼の
途切れた部分から二基の二次元可変方向ノズルが
突き出ている。 後退角の強い、大きな垂直尾翼の上にT字を
描くように水平尾翼が乗っていて機首は短め。
全体的には寸詰まりな印象を受ける。

 ― 野暮ったいな。―   それが第一印象だった。
だがよく眺めているうち、なかなか‘味のある’機体に思えて
くるから不思議だ。
安定性を感じさせる広い翼面。 コンパクトにまとめた機体に
大出力のエンジン。
後方へ大きく突き出した尾翼をしっぽに見立てれば、‘エイ’という魚に
似てなくも無い。
見た目はあまり良くないが、飛ばしがいのありそうな航空機だった。

「気に入りましたよ、神話どおりの活躍をしてくれそうですね。」
「ああ、だが俺はまだ鏡の盾を見付けていない。」 
そう言ってまた真田はうなだれた。
「真田さん、大丈夫です。きっと艦長が見つけていますよ。」 
古代は自分に言い聞かせるように力強く言った。

「そうだったな。 出撃するお前を俺は励まさなければ
いけないのにな。」
真田は苦笑して頭をかくと、 そうだ、これを持っていけ。と、
デスク上のヘルメットをポンと投げてよこした。
「放射線吸収素材で作ったヘルメットだ。 ある程度の効果は
あるはずだ。」
「ありがとう。真田さん。」
「古代、 絶対に無理をするな。まずいと思ったら帰って来い。
資源惑星なら俺たち航海班がいくらでも見つけてやるよ。」
「ありがとう、島。さっきは突っかかったりして悪かったな。」
「バカ、それはこっちの台詞だよ。」
気を付けて行けよ、 そう言うと島は右手を差し出した。 
その手を古代は強く握り返した。

「古代サン、古代サン。」
「ん?アナライザーか。 なんだ、お前も心配して来て
くれたのか?」
「イエ、古代サン。アナタガドウナロウト、知ッタコッチャ
アリマセン。 デモ、ワタシノ雪サンダケハ、無事ニ連レテ
帰ッテキテ下サイヨ。」
 
そのアナライザーのセリフ。 大ウケにウケた。 
全員が腹を抱えて笑っている。
― ヨウ、ヨウ。 言ってくれるぜ! アナライザー。―
― 艦長代理! ユキちゃんに傷ひとつ付けんなよ! 
  アナライザーに殺されちまうぞ!―

外野は口笛まじりで無責任にはやし立てる。 
森雪だけが、縁起でもない、と本気で怒った。
「こらっ! アナライザー。 なんてこと言うの!」
「ははは、気にしてないよ。 おいアナライザー、心配するな。
怪我ひとつさせやしないさ。 俺が守ってみせる。」
「男ノ約束デスヨ、古代サン。」
「ああ、男と男の約束だ。」 
古代とアナライザーもガッチリ握手を交わした。

真田が サア、お前らもういいだろう、とばかりに右腕を振る。 
室内がまた静かになった。
「古代。 これから俺達は作戦の最終チェックに入る。 
お前たちの為の作戦計画書を置いていく。どんな細かい事でもいい、
不備な点があったらすぐに呼んでくれよ。」

そう言い終わると真田は、まだ何かを言いたげな島を促し、
他の者もつれて部屋を出て行った。

室内には古代と森雪の二人だけが残された。
計画書に目を通して互いに意見を交わし、作戦手順を確認する。 
それもやがて終わり、会話は自然と途切れていた。
しばらく続いた沈黙の後。 古代は、シミュレーター室へ
行ってくる、 と言って席を立ち部屋の出口へと向かった。 
だがそのまま部屋を出て行こうとはせず、ドアの前に立ちつくす。
そんな古代に森雪はたまらず声をかけた。

「どうかしたの?」
古代は振り向き、森雪へと近づく。 そして自分の銃を抜くと
彼女に差し出した。
「雪、頼みがあるんだ。この銃を持って飛行機に乗ってくれないか。」
「だめよ! この作戦では銃は持って行けないはずでしょう。
地上で起きた事、忘れたの?」 
森雪は思わず立ち上がり、たしなめる様に銃の受け取りを拒んだ。
「忘れてなんかいないよ! だけど君も知っているだろう? 
地上に降りた連中は銃を撃ち尽くした後は素手で殺し合いを
続けたんだ。」

古代は、そんな事は分かっている、と言わんばかりに語気を強めた。
「雪、僕は必要とあれば素手で人を殺す訓練も受けている。 
それに君は女だ。」 
だから、 と古代は再び銃を差し出しながら言った。
「君におかしな事をしようとしたら迷うことは無い。
僕を撃ってくれ。」
その言葉を聞いた森雪は古代から目をそむけ、椅子に腰を下ろした。

「すまない、雪。 僕はこの作戦に百%の自信が持てない・・・
いや、そうじゃない。 沖田艦長を僕は信じている。 
作戦も正しいに違いない。
でも僕にはこの作戦を艦長の期待通りにやってのける
自信がないんだ。 だから君に・・・。」
  
「勝手な事を言わないでッ!!」 
森雪の叫びにも似た声が古代の言葉をさえぎる。
「情けない人ね! あなた、真田さんやアナライザーになんて
言ったか憶えてないの?
あれだけ大見得を切っておいて、よくもそんなことが言えたものね。
男同士の約束ってそんなに軽いものなの?」

森雪はそう一気にまくし立てた。 腹が立って仕方が無かった。
この作戦に確信が持てないのは自分も同じだ。 
そのことで彼を責めるつもりは無い、でも・・・。

「勝手よ、勝手すぎるわ。 あなたは私の命を守るために
自分を撃て、なんて言ってるけれど、
格好をつけるのもいい加減にして! 
あなたは私の事なんか何にも考えていないわ。
自分の都合しか考えていないのよ!」

「そんな馬鹿なッ! 僕が君の事を考えていないだって? 
よくもそんな事が言えるな! 僕は君の事を考えたからこそ・・」

「いいえ、違うわ! あなたは逃げているだけよ!  
私を殺して自分がつらい思いをしたくないから、
私に自分を殺させようとしているだけよ!
じゃあ、あなたを殺した私の気持ちはどうなるの? 
つらい思いをするのは自分だけだと思っているの?
あなたはぜんぜん分かってないじゃない!」

森雪は怒りにまかせてそう言い終わると、がっくりと肩を落とした。そうよ、分かっていないのよ、彼は。 
私の気持ちなんか、私の想いなんか。
ぜんぜん分かってない・・・。

「いいわ、その銃、持って行ってあげる。
でも誤解しないで、古代君。 あなたを撃つ為じゃないわ、
私がおかしくなった時のためよ。
その時はこれで自分自身にケリをつけるの。 
あなたがいやな思いをしないようにセイゼイ協力してあげるわ。」
 
心のたかぶりが、彼女の抑えていた感情を一気に吹き出させていた。
「うぬぼれないでよ! あなたの助けなんか要らない。 
馬鹿にしないで! 自分の命ぐらい自分で守ってみせるわ。 
私はあなたの可愛いお人形さんなんかじゃないのよ!」
     
森雪は、ひったくるようにして古代の銃を取った。
室内は時間が止まったように静まりかえった。

「さあ、もう行って。 時間が無いわ。」
森雪は、もう古代の方を見ようともせず、突き放すように言った。
二人の間の空気は凍りついたように冷ややかだった。

「・・・返せ。」 
腹の底からしぼり出す古代の声に、森雪がはっと振り向いた。
部屋の空気が熱を持って動き出した。

「返せ、それは俺のだ。 返してくれ。」
古代も腹を立てていた。 彼女にではない。 自分自身にだ。

   自分の心には迷いがあった。 
  だから俺は疑ったのだ。
  艦長の作戦を疑い、 真田の造った飛行機の性能を疑い、
  島や南部達の作戦準備の出来を疑い、
  ・・・何より自らの能力を疑った。 

  だが疑ってどうなる?  それで何かが解決するのか?
  すでに賽は投げられた。 やるしかないのだ。
 だが俺は迷い、失敗に怯え、彼女に甘えた。 

 ・・・恥さらしもいいとこだ。 

  そう。 彼女が言ったことは正しい。
 彼女のためを思って、というのは卑怯な言い訳にすぎなかった。
 本当に彼女の事を大切に思うのならば。
 やるべき事は、ただひとつだ。

「俺は命に代えても約束は守る。 だが、それは必要ない。 
返してくれ。」
彼女の目をまっすぐに見据えて古代は言った。

  もう俺は迷ったりはしない。
 迷いはミスを呼び、その代償は最悪の場合は死だ。
  俺たちが死ぬ?  冗談じゃない!! 
  俺は彼女を死なせたりはしない。
 断じてさせない。 俺の命に代えてもだ!

 そうだ。 俺の命は彼女のためにこそ在る。

 古代はもぎ取るように森雪から銃を奪うと部屋を出て行った。
森雪は古代の去ったドアを放心した様に見つめ続けた。
 不意に頬に生暖かい感触があり思わずそこに手をやる。
見ると指が濡れて光っていた。

  これは嬉しくて流した涙なのだろうか?
  それとも悲しくて流れた涙なのだろうか? 
 そんなことを、ぼんやり想いながら涙をぬぐう。
そして彼女の視線は、ドアの向こうに消えた古代の残像を
追い求めるかのように動くことはなかった。
ぺきんぱ
2002年07月28日(日) 21時50分46秒 公開
■この作品の著作権はぺきんぱさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ


神よ、我が言葉を聞き給え。

我が魂(こころ)、滅ぶとも悔いは無し。
我が肉体(からだ)、朽ち果てるとも嘆くこと無し。

だが、神よ。
我が願いを聞き給え!

我が友輩(ともがら)には勝利を与えよ!
我が同胞(はらから)には明日への希望を与え給え!

そして、愛しき女(ひと)には神(あなた)のご加護を・・。


次回、
『 THE BATTLE OF PLANETU 』(前編)

  総員、戦闘配置に着け。

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