第四話 ひとすじの光 |
「あきらめるしかないな。」 沈黙を破ったのは島の一言だった。 「おいっ、島。冗談じゃないぜ! ここから先イスカンダルまで、 航路上に資源採掘の見込みがある惑星はほとんど無い、 そう言ったのはお前だぞ!」 古代は、お前は正気か! とばかりにまくしたてた。 「その通りだ。 だが可能性としてはゼロじゃない。 わずかな可能性だが俺はそれに賭ける。 こうしてここで時間を無駄に過ごすより、我々は少しでも 先に進むべきだと俺は思う。」 おそらく覚悟を決めたのだろう。 彼の表情に迷いは見て取れない。 いつもの冷静沈着な星の海を渡る航海者の顔だ。 「しかし・・」 そう言いかけた古代の言葉を警報のけたたましい音がかき消した。 『第一艦橋の太田です。 哨戒飛行中のブラックタイガー機より 緊急連絡! 《本惑星の軌道上に宇宙塵に偽装したガミラス監視衛星を発見。 繰り返す。 ガミラス監視衛星を発見。直ちに攻撃を開始する。》 以上です。 見つかッちゃいましたよ、艦長代理!』 「まずい、まずいぞ。 我々がこの惑星に着いて既に10時間近く経っているが到着時点から監視されていたに違いない。 恐らくは本艦の損害状況まで報告されているぞ。」 そういい終えるが早いか、真田は艦の修理状況を確認するため 艦内電話に飛びついた。 「となると、ここにガミラスの艦隊が殺到してくるのも時間の 問題じゃな。」 徳川は唸るように言うと両腕を組んだ。 「そりゃ本当にまずいですよ! 主砲は応急修理でなんとか動いているという状況です。さっきの一斉射撃だって、 いつ故障するかヒヤヒヤものだったんですよ。」 南部の表情にも焦りの色が濃い。 「どうするの、古代君。」 古代は数秒の沈黙の後、決意を固めた。 「採掘はあきらめない。この星から資源を補給して修理を済ませ、必要ならガミラス艦隊をここで迎え撃つ。」 島への対抗意識がそう言わせたのではない。 先ほどまでの彼の焦り方は尋常ではなかった。 七色星団での決戦の後、島は補給の出来る惑星を血眼になって 探したに違いなかった。 おそらくその捜索にミスは有るまい。 となればこの先、資源補給が可能な惑星が存在することは・・・・。 まず有り得ない。 もちろん厳密にいえば、島の言う通り可能性としてはゼロではない。 しかしその可能性に賭けるのは非常に危険だった。 島の顔がそれを物語る。 彼の表情には悲愴感すら漂っていた。 ここでの採掘をあきらめ、島の選択した航路の先に資源惑星が存在しなかったとしたら・・・・。 すべてはお終いだ。 ヤマトの運命は、いや、人類全ての運命は彼の航路決定に委ねられる事になるのだ。 その重圧は想像を絶する。 だが、島は敢えてそれを選んだのだ。 はたして自分にそんな決断が出来ただろうか? まさしく彼は不屈の信念と鋼鉄の度胸を持った男だった。 だが、そんな彼を助けるために自分は何をしてきただろう? ―‘能無しの戦闘班’、か・・・。― 今さらながら、島の言葉が胸をえぐる。 全く、その通りだった。 いや、戦闘班員、個々が無能なのではない。 それは自分自身がよく知っている。 ― チクショウ! ‘能無し’なのは彼らを指揮するこの俺だ!― 古代は自分の無力さが歯がゆくてならなかった。 「だがどうやって? ガミラスを迎え撃つにしたって修理の為の資材が必要だろう? どうやってそれを調達するつもりだ? もう時間がないぞ。」 島の言葉が古代に追い討ちをかける。 だが依然、解決策をつかむ事が彼には出来ない。 ― どうする? どうすればいい? ― 古代は手がかりの無い泥沼でもがき苦しむしかなかった。 その時、一筋の光明が頭上から差し込んだ。 『 諸君。』 作戦室にスピーカーから沖田の声が流れる。 『 諸君。艦長の沖田だ。病によりその職務を十分に果たせない 身ではあるが できれば作戦を提案したい。 いいかな?古代。 』 「はっ、はい。もちろんです。艦長。」 古代、全身から力が抜けていくのを感じていた。 『その前に一つ確認しておきたい。 佐渡先生。 例の同士討ちは生存本能を強く刺激された結果、自らの生存の為に他者を 排除しようとした行為である。 間違いはないかね?』 「間違いありません、艦長。全てのデータがそれを証明しとる。」 『 ありがとう、先生。 では作戦を指示する。古代、森、両名の艦載機からの攻撃により目標を破壊する、以上だ。 』 一同、唖然として声が出ない。 「以上って、・・艦長。 説明をしてください!」 『島、この作戦に説明はない。』 意外な言葉だった。 長年、沖田と共に戦ってきた徳川ですら納得しかねていた。 「しかし、艦長。 あの施設を破壊するのには強力なバリヤーがあるため艦載機による肉迫攻撃を仕掛けるしかない、 これは分かります。 しかし放射線を防御できるメドは全く立っていません。 加藤の二の舞になります。 それになぜです? なぜ彼ら二人に攻撃をさせるのですか?」 全員の疑問を代表し、真田は一気に言うと沖田の返事を待った。 『言ったはずだ。 この作戦に説明は無い。 真田君。私は大事な乗組員を無駄死にさせる作戦は 決してしない。 今はそれで納得してくれないか。』 しかし、と反論しかける真田の肩を徳川がつかむ。 ハッと振り向く真田に徳川が目で訴えた。 ― 今は信じよう、艦長を。― 真田は無言でうなずいた。 「・・・わかりました、艦長。」 『よろしい。ではこれより本艦の指揮は私がとる。早速だが南部。太田と協力して対空砲の配置を確認して最適な進入コースを 弾き出せ。 真田君、きみは目標を破壊するのに一番効果的な 攻撃ポイントを見つけてくれ、頼んだぞ。』 そこまで言い終わった時、沖田の体を激しい痛みが襲った。 口から漏れそうになる苦痛のうめきを押し殺し、 沖田はマイクロフォンをぐっと握り締めた。 『諸君、知ってのとおり本艦の状況はガミラスに察知された。 事態は一刻を争う。そのことを肝に銘じて行動してくれたまえ。 以上だ。』 沖田は苦痛など全く感じさせない口調でそう言い終わると、 マイクのスイッチを切った。 だが依然、苦痛は波のように繰り返し、繰り返し、彼の体に 押し寄せていた。 視線がテーブルの上、ガラス製のアンプルを捉えた。 中身は10%のモルヒネ溶液。 これさえ飲めば痛みは消えて無くなるのだ。 沖田は苦痛にうめき、そろそろと腕を伸ばすとアンプルを 手に取った。 親指でアンプルのくびれた首を折ると・・・、 彼はアンプルを傾け中身を床にこぼした。 これから作戦の指揮をとるのだ。 薬物で精神の働きを鈍らせる訳にはいかない。 沖田は右手に残ったアンプルを拳に握り締める。 右手の中で砕けたガラスの破片が手のひらの肉をを切り裂いた。 その鋭い痛みが、体の奥から湧き出す鈍い痛みを駆逐していく。 ― 苦痛は無視できる。古今東西、痛みで死んだ奴はいない。― 沖田はそんなことを考えながら、拳から滴り落ちる液体が白いシーツに点々と赤い斑点を作ってゆくのを眺めていた。 |
ぺきんぱ
2002年07月24日(水) 01時04分23秒 公開 ■この作品の著作権はぺきんぱさんにあります。無断転載は禁止です。 |
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