第三話　戦慄の惑星


「よし、皆集まってくれたな。　ん？　相原はどうした、まだ駄目か？」
「医務室でウンウンうなっているわ。ちょっと可哀そう。」

《当然の報いだ。》　　かすかなつぶやきが森雪の耳に届く。
誰なのかはよく分からないが、
まあ想像はつくというものだ。

「急性アルコール中毒の軽いヤツじゃ。アンなもん寝とれば
治るよ。」　　佐渡がぶっきらぼうに答える。
どうやら秘蔵品を飲みつくされて、こちらも少々ご機嫌ななめなご様子だ。
猫の手も借りたい状況だが無理なものは仕方が無い。　
古代は気を取り直して状況説明を始めた。

　加藤の帰艦から三時間後、
ヤマト艦内大作戦室では第一艦橋クルーたちが、惑星上陸への手段をさぐっていた。

「今より三十分前、我々は採掘班に対し無人機により上空から催眠ガスを散布して彼らの動きを止めた。今はアナライザーが救出に向かっている。」
古代はそこで一旦、説明を切り、調子はどうだアナライザー、
と通信機を通して呼びかけた。
　『　絶好調デスヨ、古代サン。雪サン見テマスカッ！！　』　
森雪、思わずウフッと笑い声を洩らす。　

「相変わらずだなあ、お前は。　真田さんどうです？」
真田は現在も中央大コンピューター室で分析作業を続行中。
通信を介して会議に参加する。
『ああ、古代。こちらでも監視しているが異常は無い。無人観測機
と同じだな。』
「そうですか。　よし、アナライザー。　慎重に行けよ。」

　―　さて、これではっきりした。―
古代は右拳をパンと左手の平に打ちつけた。
「やったぜ！　謎の放射線は生命体にだけ作用して機械は影響されない。人工知能も同じだ。」
島も声を弾ませて古代の後に続いた。
「じゃあ問題は解決だ！　採掘は無人作業機械やロボットにやらせればいい。」

しかし真田の声はそう楽天的ではなかった。
『　ところがそうもいかないんだな、島。　』
「どうしてですか？真田さん。」
『　今度の戦いで受けた被害はハンパじゃないんだよ、島。　
冥王星の時よりひどい。　大修理が必要だ。　だが今はそいつに
必要な資材の備蓄はゼロに近い。　だから採掘は大規模に
やらなくてはならないが、それを短期間で終わらせるだけの
無人採掘機の数が足らない。　
遠隔操縦だと作業スピードも落ちるしな。　』

「どれくらいの時間が、かかるんですか？」
　島がイラ立ってそう尋ねた約一ヶ月。　真田の回答に彼は絶句した。

『人間さえ投入できれば一週間とかからずに終わる作業なんだがな。
自動機械はそれほど万能じゃないんだよ。』
「ガミラスの出方も気になるし、そんなに悠長な事はしてられない。
　決まりだな。　両極から出現したあの建造物を破壊して放射線を止めるぞ！　総員、戦闘配置！！」
各員、持ち場へ走る。
　―　主砲の一斉射撃で片をつける。なんて事はないさ。―
古代は自信満々である。
　
だがその自信がシャボンの泡のごとく、もろくも消え去るのに
そう時間はかからなかった。


　　（　その一時間後。再び大作戦室　）

「まさかバリヤーがあるとはなァ・・あんな強力な奴、
見たことないぜ。」
古代の口調は半ばアキレた、という感じだった。
「でも変なバリヤーですよね、ミサイルは通すんだから。」
南部も不思議そうに言うと腕を組み、
どうしたらいいんでしょうねェ、とボヤキ気味だ。

「う〜ん、多分。光子や荷電粒子、それに衝撃波といったエネルギーにだけ作用する特殊な力場なんだろうな。　
しかしあれだけの対空砲や対空ミサイルを備えているとなると・・・
ミサイル攻撃も望み薄だな・・・防御システムとしては
完璧近い代物だよ。」

今回に限っては真田もお手上げ状態のようだった。
割合と冷静な皆の反応だが、島大介、一人が熱くなっていた。

「おいっ、みんな！！　感心してばかりじゃしょうがないだろう。
解決策を考えてくれよ！！」
「だからさ、今やってるじゃないか。　おい、山本。
遠隔操縦ブラックタイガーの調子はどうだ？」
古代はシミュレーター室の山本に呼びかけた。

『やっぱりいまひとつですよ。』　
不機嫌そうな返事の後、　ねえ、古代さん。　と山本がやや勢い込んで古代に話しかけてきた。
『　オレに任せてくれませんか？　あれくらいの対空砲火だったら、
オレ、すり抜けてみせますよ。　』
「馬鹿野郎ッ！！　対空砲の問題じゃない。お前、加藤の二の舞いになりたいのか？　余計な事は言わずに黙って操縦しろ！」

リョーカイと、気のない返事。その後、舌打ちの音が聞こえた。
　相当苛立っている。
無理もないか、と古代は思った。
ブラックタイガー隊員達は結束力が強い。　
加藤隊長の敵討ち、と意気込んだところにあてがわれたのが
オモチャ同然の無線操縦機だ。
操縦のしにくさもあって、気分の落ち込みが手に取るように分かる。
「おい、大丈夫なのか古代？　山本の奴だいぶイラついてるぞ。」
相変わらず島が心配そうに口を出してきた。
「心配するな、隊の中でも腕っこきの連中を集めたんだ。
やってくれるよ。」

「ブラックタイガー隊、攻撃地点に到達まで後三十秒。」
　　大丈夫、やってくれるさ。あいつらを信じろ。
太田の声を聞きながら、自にそう言い聞かせると、
古代は大きく息を吐き出しながら両の目を閉じた。


　　　（　その二十分後　またまた、大作戦室）

「山本機、反応消失。撃墜されました。
ブラックタイガー隊はこれで全滅です。」

「なにが‘心配するな’だ。　全然ダメじゃないか。古代！」
島がいつもの彼らしくなく、感情をむき出しにしていた。
「そういうなよ。　あれだけの砲火の中へ操縦性の悪い無人機で
突っ込むんだぞ。　山本達の腕だからあれだけ粘れたんだ。　
普通なら最初の一撃でオサラバさ。」

島を落ち着かせようと古代はわざと軽い口調で言って見せた。

「なにのん気な事を言っているんだ！！　どんなに粘ったって
撃墜されてしまえば同じことだ！」
どうやら逆効果だったようだ。
　島は前よりもっと興奮していた。
「こうしている間にも航海スケジュールはどんどん遅れて
いくんだ！　いつまで無駄骨を折れば気が済むんだよ。古代！」
この言葉には古代もカチン、ときた。

「無駄骨とはなんだ！　おいっ、島！　ケンカ売ってんのか？」
「ヘッ、能無しの戦闘班相手に喧嘩を売るほど航海班はヒマじゃないんだよ。」
「なんだとッ！！」
「二人とも！いい加減にしないと本当に怒るわよ。
喧嘩なんかしてる場合じゃないでしょう！」

二人の間に森雪の雷が落ちた。　さすがにこれは良く効く。
たちまち二人は静かになった。　
「そんな事は言われなくても分かってるよ。　
よし、もうこうなれば最後の手段だ。
おい、南部。波動砲の発射準備をしろ！　
あいつをバリヤーごと吹っ飛ばすぞ！！」

古代は半ばヤケ気味に命令を出す。　
だが後に残された手段はそれしかないのも事実だった。
しかし、次の真田の言葉は、たかぶった古代の感情に冷や水をかけた。

「おい、古代。そいつはやめとけ！　地上に降ろしてある観測機器の地震計による観測データから推測するとこの星の地殻は薄い。
マントル対流も激しくて、火山活動が非常に活発だ。
そんな所に波動砲を打ち込んでみろ。大地殻変動を引き起こして
資源採掘どころじゃなくなるぞ。」

「そんな！　じゃあ一体どうしたらいいんですか？」
マァ、待て。　と古代を落ち着かせ、真田はしばらく沈黙した。

「・・・・そうだな。　我々は謎の放射線を止める為にあの施設
破壊しようとしてきたが、視点を変えて放射線を無効化することを
考えるべきかもしれないな。」
真田は佐渡の方へ顔を向けた。　
「佐渡先生。　謎の放射線が人体に与える影響について分かった
ことは有りますか？」
「連中がなぜ味方を攻撃したかについては説明がつくよ。
　簡単に言えば過剰な自己防衛反応によるものじゃな。」
「と、いいますと？」

「採掘班と加藤の検査結果で共通しているのはアドレナリンの
異常分泌じゃよ。　
精神分析担当の山田君とも意見が一致するところなんじゃが、　
これは彼らの心の中で非常に強烈な恐怖の感情が発生したこと
による生理反応じゃと思う。
山田君が面白い表現をしておった。
“これは生存本能の暴走（スタンピード）現象だ”　とな。」　

「暴走・・・ですか？」　真田、今一つピンとこないようだ。
「そうだな・・ここは餅は餅屋だ。山田君、説明してやってくれ。」
佐渡が後ろを向いてそう呼びかけると作戦室の暗がりから
ヒョロリとやせた、かなりの長身をわずかに猫背にして、無表情を
絵に描いたような顔をした男が現れた。　白衣をロングコートの
ようにはおった彼は、佐渡にヒョイと会釈をすると殆ど感情の
こもらない声で淡々と語り始めた。

「クランケ（患者）達の、謎の放射線が発生した直後からの
脳波グラフのパターン、脳内物質の分泌量とその変動。
その他、人体における各種生理反応。これらが指し示しているものは非常に明確なものです。　
急激、かつ猛烈な恐怖が生じた事による生体反応です。」

「そこはもう佐渡先生から聞いた。その先を頼むよ。」　
島がつっこむ。　
しかしその声が聞こえているはずなのだが、彼は島をほとんど
無視して同じ調子で話しを続けた。

「恐怖により強く刺激された彼らの生存本能は、やがて急速に拡大します。　そして自らの【自意識】、や【理性】をも飲み込んで精神を完全に支配します。　
その時、出現するのは恐怖におびえ、自らの生存のみを願い、他者への攻撃性をむき出しにした獰猛な“裸のサル”そのものです。」

そう言うと、山田の薄い唇が微かに引き攣った。　
もしかして笑ったのかもしれなかった。

「やがて恐怖が攻撃衝動を突き動かし、彼らは他者への
攻撃を開始します。
　私が“生存本能の暴走”と呼ぶのはこの後の事なのです。
彼らは自分が生き残るため、自分に危害を加える可能性が
少しでもある存在、その総てに対して攻撃を開始します。　
見境無く、まるで火に煽られた牛の群れのように彼らは自らの
前に立ちはだかる物、総てをなぎ倒していきます。　
そして皮肉な事ですが、それは自分自身が倒れるまで止める事が
出来ないのです。」

「ちょっと待てッ！　それはおかしい。‘危害を加える存在’だと？　
彼らが攻撃した相手は無害な味方なんだぞ！　
なぜ地球人同士で殺し合いをしなくちゃいけないんだ！」

激しい剣幕の古代とは対照的に、山田が静かに答えた。
「彼らは理性で行動したわけではありません。　強烈な衝動に
突き動かされていたにすぎないのです。　理屈は通用しません。」
「それにしたって！」　
古代は、なおも食い下がった。
「艦長代理。　人類が生まれて以来、最大の敵は何だと思います？
これまで他の動物に殺されるより、もっと多くの人間が同じ
人間の手によって殺されてきました。」

だから、と山田は続けた。
「人間の最大の敵は同じ人間です、違いますか？」　
逆に問いかける山田の口調に初めて感情が加わった。
それはどこか悲しげだった。
山田の説明が終わった後、重苦しい沈黙が室内を支配した。
「・・・・・。」　古代も言うべき言葉が見つからなかった。

それを振り払うように佐渡が明るいワザと明るい声を張り上げた。
「もっともな。その闇雲な恐怖のおかげで採掘班の連中、
ロクに相手を狙いもせずにコスモガンを撃ちまくってな。
エネルギーはアッという間に空っぽ。　
最後には取っ組み合いをしとった。
お互い死なずにすんだが、打ち身やネンザで当分は足腰が
立たんじゃろうて。」

ヒャッ、ヒャッと佐渡は笑う。　その声で少しだけ室内の
空気がやわらいだ。

「技師長、なんとか物理的な方法であの放射線を防ぐことは
できないかね？」
徳川の質問に真田は悔しそうに表情をゆがめた。
「それが、なかなかあいつの性質を捉えることができないのです。
色々な材質を試しているのですが、こんな闇夜で手探りを
するような状況では・・・。」

「こちらも同じじゃよ。　精神安定剤で恐怖の感情を抑える
ことも考えたが・・・・あれだけのアドレナリン分泌量を
抑えるとなると投薬量は半端じゃきかん。　
副作用で体がもたんよ。」
佐渡の口調も苦かった。

「まさしく、八方ふさがりじゃな。」　
徳川のその言葉を最後に、誰もが口を閉ざしてしまった。
ぺきんぱ
2002年07月19日(金) 21時14分20秒 公開
■この作品の著作権はぺきんぱさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ

「皆さん今晩は、作者の‘ぺきんぱ’です。」
「アシスタントの‘キンキン’ですゥ。」
「アシスタント君。つかぬことを聞くが、何で‘キンキン’なのかね？」
「それは、やっぱり‘キンキン・ぺきんぱ’という・・・
シャレのつもりなんでしょうネェ。」
「・・・・最低だなァ。」
「最低ですゥ。（お前がヤッとるんじゃろがッ！）」


「さて、第三話の反省といこうじゃないか。キンキン君。気づいた事はあるかね？」
「ハイ、やっぱり‘生存本能の暴走’の下りがイマイチ分かり難いですぅ。」
「そうか、そうか。　だが安心したまえ。より分かりやすい解説のために、『山田の考え』（仁義なき戦い版）を用意しておいたのだ。」
「なんかそれって、某阪神タ○ガース前監督のネタ本みたいに聞こえるんですが・・・。」
「失敬な！　あんな野球バ×の恐妻家と一緒にしないでくれたまえ！」
（コラコラ（＾_^；）
「それとなんですか？　【仁義なき戦い版】って・・」
「ええイッ、余計なことは言わずに黙って聞かんかァ！！
・・・・あっ、しまった。スペースを消費しすぎた。
仕方がない、この説明はまた来週ということで。
次回、『ひとすじの光』（作者のコメント、続き付き）で、お会いしましょう。」
「・・・作者のコメントまで連載するな！バカァ！」
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